50代で犬を飼ったら、ほどよい悩みがついてきて人生が活性化した。


犬を飼うことは、「悩みを買う」ことだと
わたしは、声を大にして言いたいです。
そしてペットショップに
そう大書したポスターを貼っといてほしい。


子犬を飼って悩んだことのない人、
先々を心配したことのない人は、
いないんじゃないかな。
いるにしても、
ごくごく少数派だと思います。


そして、この悩みこそが、
犬を飼う醍醐味。
後々、振り返って
しみじみ味わう思い出となるのです。


犬を飼うことは悩みをもつことだと
はじめから知っておいたら、
焦りまくって体罰に走ったり、
リーダーになろうと柄じゃない行動をしたり、
根拠のない厳しいしつけに頼らなくて済む。


だから、はじめに言っておいて。
犬を飼うことは、
悩みを買うことだと。


思えば、前の犬のときは、
「小型犬に吠える」ことが悩みでした。
それは最後まで直せなかったから、
「すみません。小さなワンちゃんには吠えるんです」と謝って
吠えない距離を保ちつつ、その場を去るようにしていました。


わたしなりに
悩みと共存することを選んだわけですね。


ときを重ねるにつれ
わたしの「吠える気配」を察する技術と
「吠えない距離」を保つ技術が向上したので
さして困ることはなく
平和に暮らしていました。
どこを触っても嫌がらない、
獣医さんでも大人しい、
留守番の上手な
どれだけでも「待て」のできる
手のかからない犬でした。


昨年暮れに愛護センターからやってきたスーは、
犬づきあいは上手ですが、
留守番は下手です。


夫もわたしも時間の融通が利くので
なんとか時間を調整しながら
気長にトレーニングしているけど、
悩みといえば悩み。


自ら買って出た悩みです。


悩みはなくそう、なくそうと焦ると
対処療法になりがちなので
「悩みと共存」しながら
時間をかけて解決する姿勢が大事だなあと思います。
犬に限らず。


完全には解決しなくても
なんとなく平和にやり過ごせれば
それでいい場合もありますね。
これも、犬に限らず。


一病息災ならぬ一悩息災。


悩みは、生きている証。
絆を育てている証。
心が空虚じゃない証。


そう思うと
悩んでいる今という時間が味わい深く、
輝いて見えるようにも思えます。


ほどほどの悩みを連れてきたスーは、
だからこそ、目が離せず、
かわいく愛しい。


彼が十数年生きるとしたら
そのときわたしは、ほぼ70歳。
間違いなく最後の犬になるので
血気盛んな若犬の間を
悩み丸ごと存分に楽しんで
いっしょに山盛り散歩し
自分自身の70歳までの時間を
忘れえぬものにしたいと思います。


時間に限りがあることと
その先に体力・知力の減退があることを
意識の隅に置きながら、
「これでいい」と自らの日々を肯定し、
慈しみながら生きられるのも、
50代になって得られた、心の宝です。





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年をとるごとに差がつく。「威張る怖さ」と「威張らない怖さ」


このところのパワハラ・セクハラ問題では、
わたしと同世代か少し上の年齢の
立場のある男女が、
ある人は会見場で
ある人は往来で
ふんぞり返って、威張っています。


もう、ここまで威張るなら、
最後まで頑張って踏んばって威張っていてほしい!


立場や支持を失ってもくれぐれも手のひらを返したように
「威張り」を「平身低頭」に変えたり、
「雲隠れ」に変えたりせず、
堂々と最後まで威張っていてほしい。
ここまでわかりやすく威張るくらいだから
それぐらいの覚悟はあるでしょう。
これまで、あまたの目下の存在に
覚悟を説き、無理を強いてきたでしょうから、
自分自身の覚悟を見せてほしいと思います。


威張れ。最後まで。
そこに誰もいなくなっても。


威張る人は、幼くてダサくて
ヒジョーにかっこ悪いですが、
実際に身近にいると怖いです。


威張り癖のある人には、
業界や会社で威張る人、
家庭で威張る人、
店で威張る人などがいて
年をとって現役から退いても
過去の威風で
威張って怖がらせようとします。


一番、身につけたくない怖さ。迷惑な怖さ。
いつかしっぺ返しを食らう怖さですね。
近寄らないに限ります。


威張る行為は、
どんなに功成り名遂げた人であっても
幼児性の発露にほかなりません。



しかし、「怖い」と感じさせる存在には、
別のカタチもあります。


「この人は自分に厳しいから怖い」
「手を抜かないから怖い」
「自分のやりたいことを貫くから怖い」
といったタイプの怖さ。


決して威張らないし、
いつもニコニコしているけれど、
淡々としているだけに
本質的に怖い。
見透かされているようで怖い。


年をとって身につけるなら、
そっちの怖さを身につけたいですねえ。
一芸に秀でた職人的怖さといいましょうか。


ああ、この人はだませない。
…と相手が思うから
口八丁手八丁の調子のいい人間が
近寄らなくなる利点もあります。


「有能」と「有能ぶる」のが違うように
「怖い」と「怖がらせる」のも違う。



さらに言うと、
ちっとも怖くないし
ときどきバカにしちゃうこともあるけど、
いなくなってみると
偉いことがわかった、っていうのは、
さらに粋でおしゃれで大人でいいですねー。


年をとっても煙たくなくて
気楽な存在でいつづけるってすごいこと。
なんならそれを崇高とさえ呼びたい。





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