忍びよる「所帯やつれ」を撲滅するには?

久しぶりに会った同級生に
どんな言葉を言われたくないって


「うわ!所帯じみたなあ」とか

「まあ、所帯やつれして」といった

「所帯」関連ワードじゃありませんか?



もちろん、「老けたなあ」もイヤですけど、
「所帯やつれ」は
もっと強力な破壊力を持っていますよね。

ほら、「老けた」という評価なら、
「老化という自然の営みに任せた」
「アンチエイジングには血道を上げない主義」
といったこちら側の意志の結果とも受け取れますが、

「所帯やつれ」という評価は、
明らかに経済的にゆとりがなく
苦しい日々の生活に追われ、
身なりに気を配る余裕すらない
という現代格差社会の諸要因が複雑にからみあった末に
「負け組」ポジションに落ち着いてしまっている
オンナを捨ててしまった私、という
まったく表明するつもりのない自己を
表明してしまっている客観的現実に直面して
愕然としちゃいますから。
(主語と述語が入り乱れまくって、すみません)

「ああ、それなら大丈夫。私の生活、苦しくないし」
と安心しました?


いや、それが、どうもね。
この問題、そんなに単純ではなさそうですよ。

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