年齢が与えてくれる「繊細な感性」。

いやあ、8月は「鎮魂の月」だということを
なぜか今年の夏は、しみじみ感じました。

長崎に帰り、生まれてはじめて
原爆記念式典に参加したことも影響してるんでしょうが、
NHKの戦争関連ドキュメンタリーを見ても、
これまでになくリアリティを感じたもんなあ。

昔は、「鎮魂?ふーん」って感じでしたが、
今は、「ああ、私は今、まがりなりにも鎮魂しているんだな」という感じ。

あれですね。

これは、あれですよ。


私が生きてきた48年余の歳月のなせる業ですね。


偉大なり、48年。

48年も貯金ならぬ貯年があると、
さまざまな歴史的悲劇を
わがことに置き換えて想像することができるもんですねえ。

こればっかりは、年をとらないと
わからないもんです。

たとえば、

私が生まれる16年前に日本は終戦を迎えたわけですが、
16年前なんて、今にして思えば、
あっという間の歳月ですもん。

今の私にとっては、もうあなた、16年前なんて。
昨日のことですから。
今から16年前といえば、1994年でしょう。
バブルはとっくに崩壊しているし。
ワンレンボディコンは、終わってるし。
はは。それって、ついこの間じゃん。

ってことは、

私にとっての太平洋戦争は、
1994年生まれの現・16歳にとってのバブルと同じなんですね。
(事の軽重でなく、時間的な感覚に限ってですよ)

いやあ、馬齢を重ねただけともいえるわけですが、

48年の貯年があるおかげで、
過去の48年はもちろん、将来の48年に対しても
ある程度のリアリティをもって想像する力が身につきました。


18歳の私にとって38歳の女性は

「自分とは無縁な、夢も希望もないおばさん」でしたが、

48歳の私にとって68歳の女性は、

「ちょっと年上の先輩女性」にすぎないですからね。

これも、貯年による想像力のたまものでしょうか。



実際に20年なんて本当に「ちょっと」だし、
自分があっという間に、その年齢になることを
もう知っちゃってますからね。

そうそう、今年は、夏の盛りに、
かすかに秋の気配を感じましたが、
これも、貯年が与えてくれた繊細さかもしれません。

年の功、なかなかに味わい深し。


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