「主婦っぽい&素人っぽい」はダメか?

美術館の回顧展なんかに足を運ぶと、
入口から入ってすぐのところに
展覧会の趣旨がちょっと澄ました文体で書かれた
白いパネルが上品に掲示されていますね。

観光名所でもそうですが、
ああいった解説パネルを熟読しすぎると
後半、どっと疲れが出てきてしまい、
見るべきところが投げやりになってしまうので、
テキトーに処しておきたいポイントでもあります。

ただし、作家や画家の生誕年だけは
しっかりと頭に入れておかねばなりませんよ。

これさえ覚えていれば、
若いころの作品から順番に気どったポーズで鑑賞しながら、
頭では、絶え間なく制作年から生誕年を引いて年齢を算出するという、
いったい美術なのか、算数なのか
よくわからない体験にはなるものの、
ちょうど今の自分と同じ年ごろの作品群に突入すると、


よし!ますますいい!


とか


おお!油が乗りきっている!


とか


そういった「衰えの有無」チェックが
存分にできるからです。


そして作品は、わたしの年齢を超え、
50代、60代、70代、80代と続き、、
ずぶの素人のわたしから見ても、
ますます優美に、ますます自由になっていたりしたら、


ありがとうございます!ありがとうございます!
創作に「老い」なんてないんですね!
希望を与えてくださってありがとうございます!


と展示ガラスに顔の脂をたっぷり残しながら頬ずりしたあと、
その場に土下座して拝みたいくらい
ありがた?い気持ちになります。

いや、何を言いたいかというと
陶芸家のルーシー・リー展に行ってきた話です。(長くてすみません)

図録の最後に陶芸家の小山耕一氏が寄せた文章があるんですが、
これがまた同業者ならではの視点で
バツグンにおもしろいんですよ。

小山氏はずっとルーシーのことを
「趣味が嵩じた、器用でお金持ちの主婦」だと
感じていたそうなんです。

そして、彼女のアトリエの写真に
器をどっぷりと浸す「釉薬を入れたバケツ」がないことに気づくんですね。

実は彼女は毎回、釉薬を調合していたから
バケツに保存する必要がなかったんですが、
それを知った小山氏はこう思うんです。

面倒くさいではないか?
筆で塗ると塗りむらができるではないか?
花入や壺の内側はどうするのか?
筆の届かないところは塗れないではないか?


なるほど、もしかしたらルーシーの方法は
多くの同時代のプロの目から見ても
素人っぽくて、主婦っぽくて、道楽っぽくて
ムダの多い、効率の悪い、危なっかしいやり方だったのかもしれません。

いや、想像ですけどね(笑)

主婦っぽい
道楽っぽい
素人っぽい

は、多くのプロを自認する人が口にする
「覚悟を問う3大言葉」です。

口にする方は偉そうになれてうれしいし、
耳にした方は一気に自信を喪失するという
破壊力バツグンのコトバですね。


でも。


熱中と継続と挑戦で
そんなもの、超えられるのさ。

(性急に成果を求めなければ)


もしかしたら、そうではないかとずっと思っていましたが、
ルーシーの作品を見てますますその思いを強くしました。


LUCIEjpg.jpg

晩年のバツグンにかっこいいルーシーです。
この人のあふれる才能の下にはずっと、
素人や主婦が住んでいたと、わたしは思います。


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「なってしまった人生」を受け入れる。

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長大な巻物のようになっていますが(笑)最古記事から読んでいただくと面白いですよ?うわめづかい

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