浦島太郎に感じる加齢リアリティ。


この連休に京都で個人タクシーに乗ったら、
スキンヘッズの人懐っこい運転手さんが、
友だちライクなタメ口で接してくれました。

窓の外の景色を見て夫が、
「このあたりも変わりましたねぇ」と言うと、
「うん?いつ頃とぉ?」
「うーん。30年くらい前かなあ」

すると


IMG_0604_convert_20110513162243.jpg
↑新緑がきれいな鴨川 写真はイマイチ(-.-)




「サンジューネンーーーっ?!
そりゃ、なんぼなんでも、変わりますわーーーーっ!」



どうやら30年という時の重みにやられたらしく、
あんなに友だちライクだった運転手さんが、
突然、「ですます調」に切り替えたうえでの、
もんのすごく大げさなリアクション(笑)


しかしね。


夫と同じ時期を京都で過ごしているはずの、このわたしも、
タクシーの座席に澄まして座り、
夫の口から運転手さんへの返事という形で
改めて聞いた「30年」という言葉に
心のなかで「そんなに昔かよ・・・」と
なぜか改めて驚くような、
さびしくなるような気持ちだったので、
自由奔放な運転手さんの大げさにもほどがあるリアクションも
「あんた、そんなに年違わないじゃん」という不服はあったものの、
まあ、わからないでもなかったです。


あれですね~。


自分自身の30年前の記憶の「鮮やかさ」と
実際の「30年という時間の長さ」との間に
ギャップが生まれつつあるんでしょうね。



竜宮城体験なし、玉手箱いらずの浦島太郎化か。


このギャップはこの先、
大きくなることはあっても
小さくなることはないはずで、


「このあたりは40年前は・・・」とか
「あの事件があったのは、50年前で・・・」とか、
自分自身の「若いころ」という
もっとも鮮やかに記憶が刻み込まれた時代のことを
リアリティ満載でモリモリに語ろうとすると、
「遠い昔」「古い話」「歴史の証言」「お年寄りのお話」として
片付けられるようになることでしょう。(長生きできれば)


老いる孤独のひとつは、ここだな。


ま!しかしものは考えようで

ひとつの場所を
過去と現在の二重写しで味わえるわけで、
あらゆる「旅」の深みや面白みも増すであろう。

過去を振り返れば、
なぜか狂おしいような、切ないような、
あっけないような、なんともいえない思いもしないことはないですが、
それもこれも旅のスパイスってことにしよう。

死ぬまで旅をつづけるのみだもんね~。


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「過渡期」を愛して、人生の質を上げる!

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長大な巻物のようになっていますが(笑)最古記事から読んでいただくと面白いですよ?うわめづかい

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