カチンとくるのはなぜ?「会話というバトル」。

姉は、3年ほど前に退職し、
コーラスのサークル活動や海外旅行などに精を出していますが、
いろいろ細かいことを気にしては
妹のわたしに電話してきます。

「歌がものすごくうまいって言われた!」
「若々しくて60代に見えないって言われた!」など、
上機嫌のときも多くて、
それは大変よろこばしいのですが、

「こんなことを言われた(>_<) こんな風に見られていたんだ」
「あれから返事がない。あの人は怒っているのだろうか(>_<)」
「あの人は自分のことは頼むけど、こっちの頼みは聞いてくれない(>_<)」
「自分はよくほめてあげるのに、相手はほめない。あー損だ(――;)」
「電話したらそっけなかった。もう、電話しない(――;)」


などなど、ちょっとしたことを
「○○さん」「△△さん」という実名入りで、
(わたしは知らない人ばかり)
もんのすごく詳細に語ってくれます。

姉の話を聞くたびに、


人間の会話ってのは、
どんなに親しい間柄になっても
どちらが優位に立つかを競うバトルなんだなあ。



と思います。

気心の知れた仲の良い友人との会話が
いつものようにサラサラと自然に流れて
気持ちよく、リラックスした気分になっていると、


あ?あれ?今の一言。
もしかしてこの人、今、わたしを下に見ている?


とかすかに気になる発言があり、
相手に悪気はないとわかっていても、
少しとはいえ明らかにカチンとくる。


そのカチンが一度なら忘れることもできるけど、
カチンがカチンカチンカチンと度重なると
理不尽な思いが募り、家に帰ってもなんだか気になり、
「この人はわたしを下に見ている」という思いが募り、
どんどんどんどんストレスがたまっていく。



みなさんは、そういう経験ありませんかね?



わたしは、たぶん比較的、
気にしないほうの部類に入る人間で、
「ま、他人が見るわたしは、いろいろあるよね
わたしはわたしだから、いいや」
とカチンときてもそれなりに忘れることができるんですが、

若いころは、それとは逆の問題を抱えていました。

劇団の主宰をしていたことはプロフィールにも書いていますが、
なんせ「ザ・お山の大将」として井の中で君臨していたために
もう好き放題、あれこれメンバーや後輩に無理強いし、
抑圧しまくっていたんですね。
そして、あるとき、気づいたんです。


自分がつねに気持ちよく、
好き放題言える相手は、
多くの場合、我慢してくれている



ということに!!


いやあ。気づくの遅かったけど、気づいてよかったです。


人間関係ではおそらく「対等」が理想なんでしょうが、
からだのなかでも免疫機能というバトルが繰り広げられ、
かろうじて「健康といってもよい状態」が
維持されていることを思えば、

わたしたちの会話も、
どちらかが上になったり、下になったり、
上になりすぎたと思ったら、
下になって称賛してみたりと
ビミョーにビミョーに
上下関係を細かく入れ替えながらバランスをとり、


対等といってもよい状態


をキープするつもりでいたほうがいいんでしょうね。


そういえば、うちの犬も散歩で見知らぬ犬に会うと、
警戒しながら鼻先をにおったり、
お尻の匂いを嗅いだりしながら、
相手の犬との上下関係を
大学教授みたいな神妙な顔をしながら探っています。

わたしたちの会話も、
コミュニケーションなんて澄ましてますが、
基本はそれですかね。動物ですもんね。

会話というバトル。
繊細な配慮とタフな心で楽しみたいものです。


【関連記事】姉は意外に当ブログの人気キャラです(笑 以下の記事にもそれぞれ登場~↓
「なってしまった人生」を受け入れる。
「わが裸体」という衝撃!

こちらから過去記事一覧をご覧いただけます。
長大な巻物のようになっていますが(笑)最古記事から読んでいただくと面白いですよ?うわめづかい

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