家事は、「情念の織物」でもある。

ダンナのパンツを洗うとか、
母親のパンツを洗うとか、
娘のパンツを洗うとか・・・。

ま、洗うものはなにも
パンツでなくても
ソックスでもシャツでも
なんでもいいんですが、


だれかの、なにかを、洗って干す。


という一連のなにげない行為のなかに、
かならず、ふと、かすかに、ごくかすかに、
そのパンツやソックスやシャツの「持ち主」の顔が浮かぶ瞬間がありますね。

思い出すとか、
思いを馳せるとか、
胸がキュンとするとか、
そんな丁寧な、念の入った恋愛的な浮かび方ではもちろんなく、
ほんとに、かすかに、ふと。
思い出そうとも思わないのに
ちょっと浮かんでは消える感じ。

ソックスを裏返して
ピンチにつるす瞬間とか。
パンツのシワを伸ばしている瞬間とか。

機嫌のいいときは、そのままスルーできるし、
機嫌の悪いときは、それで余計腹が立ったりね。


家事というのは、どーも、
こういう「記憶のよみがえり」が多い労働のようです。



みなさんはそんなことないですか?


わたしの場合、
夫や娘など、その「持ち主」の顔が浮かぶ家事ベスト5は、
(なかでも夫)

(1)洗濯モノを干す。
(2)洗濯モノをしまう。
(3)アイロンをかける。
(4)個室を掃除する。
(5)個別に料理を準備する(弁当など)


ですかね。

つまり、「持ち主」に直接関係するモノを触ったり、
直接関係するモノを準備しているときなどに、
その「持ち主」のあれこれを思い出して、
ある感情(怒りとか、不満とか、心配とか←マイナス感情ばかり!笑)が
呼び起こされるんです。


「だれかを思う」ということは、
「だれかに関することを行う」ことと同義かもしれません。



洗濯や掃除や料理や後片付けやごみ出しなどの「家事」は、
上手下手とか、几帳面とか、ズボラとか
そういった「資質」「才能」「技術」「経験」面からばかり語られますが、


家事は、雑多な思いが去来してできる、
「情念の織物」でもあると思うな。




だから、家事がものすごーく苦手な人は、案外、
この「記憶のよみがえり」に耐えられない
「思い出す」ことがつらくて怖いという人かもしれません。


わたしのような主婦に限ったことでなく、
外食産業に携わる人や、
ホテルでベッドメイキングをする人や
病院や商業施設で清掃に携わる人も
「情念の織物」を日々、織りあげているはずです。
皿やコップやベッドやトイレの使い手である「客」の顔を
日々、思い浮かべながらね。


わたしの情念の織物は、
ドロドロとしたマイナス感情によって織り上げられていますが、
目が粗く、精緻ではないのが惜しいところです(笑)


みなさんは、どんな「情念の織物」を織っていますか。
もしくは、だれの織物の上で生活しているでしょうか。



火と水を使うだけにね。
家事には魔物が棲んでいますぞ。


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長大な巻物のようになっていますが(笑)最古記事から読んでいただくと面白いですよ?うわめづかい

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