娘といる母。その解放感の秘密。

仕事帰りに電車に乗っていたら、
よく似た二人の女性が座っていました。

二人とも巻き髪のロングヘアで
顔を寄せ合って楽しそうに笑っている。
仲のいい友だち同士だな~と思い込んでいたんですが、
その後、よく見たら40代後半のお母さんと
20代前半の娘さんだとわかりました。

二人とも髪型も服装もとてもよく似ていて
ケータイの画面を見ながら
ケラケラ笑っています。

・・・とここまで書くと、


(1)母子おそろいファッションはいかがなものか。
(2)娘世代の服をそのまま着用していかがなものか。



的な「年相応にしなさいよ!批判」へ続くと思われるかもしれませんが、
そっち方面には展開しませんので、
ご安心くださいませ(心配してないか 笑)。


電車のなかで、
ケータイの画面を見て
ケラケラと笑う女性を見て、


若い自分のままでありたいと願う気持ちには、
こういう楽しみを捨てたくない、という面もあるよな~



と思ったんです。


ここでいう「こういう楽しみ」が
「どういう種類の楽しみ」か、というとですね。


「社会に対してやや無責任なポジションから、
無責任だからこそ、
おもしろがったり、大げさに驚いたり、
斬って捨てちゃえるギャル的楽しみ」



といえばいいでしょうか。

さらにわかりにくくなるだけかもしれないけど
ちょっと例をあげてみますよー。

世の中の最新機器(まあ、今ならスマホとか)に慣れ親しみ、
それらを自在に使いこなし、
そこから見える世界に
何の努力もなく慣れ親しんでいた、若いころのあの感覚。

とか、

世の中の流行や世代に共通する感覚を
これまた何の努力もなく共有し、
その感性に従って自由に行動しているような気がしていた、
若いころのあの感覚。

とか、

自分の周りに年長者が多く存在し、
全体から見て若輩に位置する自分に与えられた
やや無分別でいても許される気がしていた、
若いころのあの感覚。

とか、とか、とか。


「若さ」には外見的な優越性だけでなく、
そういった「感覚と行動」の自由も含まれていて
(当人の思い込みや甘えにすぎなかったにしてもね)
そういうものって、ちょっと手放しがたいんですよね~。


しかも無責任でありながら、
流行歌や流行服や流行スイーツのメインターゲットである!



という特典もあるし。
「年配向け」じゃなく。
「持病があっても入れる保険」の標的じゃなく(笑)。

娘さんといっしょにいるとき、
あのお母さんが解放感とともに味わっていたのは、
若いときの自分がもっていた「あの感覚」で、
それは特にファッションや音楽や
ケータイなどの最新ガジェットや
好きなタレントの話なんかをしているときに
顕著に現れるのです。

わたしも中3の娘がいるから、
すごくよくわかるんだなあ。


で、だからどうなの?と聞かれても困るんですが、
結論は特になし(笑)


物事の善悪をわきまえ、
常識を重んじ、
多少の事には動じず
年相応の振る舞いを貫く…
そんな大人になるって
とっても難しいのです。

地球上のすべての
黙って老い、死んでいった人たちは偉かったよ。←けつろん??


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「なってしまった人生」を受け入れる。

こちらから過去記事一覧をご覧いただけます。
長大な巻物のようになっていますが(笑)最古記事から読んでいただくと面白いですよ♪うわめづかい

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