人生を細かく刻んで、「憂い」を脱出。


40代は当然のごとくそうですが、
50代も、60代も、最近では70代、80代でも
もんのすごく元気な人が多いので、


人生のハツラツ度に年齢なんて関係なし!


という感じがしないでもないですが、
でもきっと「憂い」の含有度は、
ビミョーに増してくるんじゃないかと思います。

何が悲しいというわけでなく、
何がつらいというわけでなく、
何となく憂う気持ちといいましょうか。
人生をふりかえって
ある感慨にふけるといいましょうか。


そのビミョーに増してくる
「憂い成分」を、上手に活用すると


年を重ねた深い味わい


なんてことになり、
ヤング層にも受ける「大人の本格テイスト」に
なったりもするんでしょうが、

使い方を間違って「ひねくれ」のほうに行っちゃったり、
「ひがみ」のほうに行っちゃったり、
「ふてくされ」の方に行っちゃたり、
憂うに任せて憂い成分ダダ漏れ状態になったりする


すべてに投げやりな雰囲気


が全身から醸し出されて
あまりよろしくないオッチャン&オバチャン風情に
なっちゃうのかもしれません。

で、この「憂い」ですが、
先ごろ亡くなった吉本隆明氏の著書「人生とは何か」
私たちよりもっとずっと先輩であるところの
70代後半や80代の人の心について書いた文章を見つけて
ああ、そういうことか、と思いました。

ちょっと引用してみますね。


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「老いの先にはもう死だけで、
いいことなんて何もないじゃないか」という軌道に入ります。

ご老人というのは、
たぶん、ぜんぶ、24時間のなかのある時、ある瞬間に
そう考えて、憂鬱で
「俺はもう生きてたっていいことは何もねえんだ」
と考える軌道に入ると思います。

問題はだから、その(絶望や死の)軌道に入り込んだときに
いかにしてそれから逃れるか、脱出するかということです。


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なーるほどー。もしかしたら、
年齢とともにビミョーに増えていく「憂い成分」は、
この「死の軌道」あたりから発せられる誘因成分なのかもしれないぞ。
「ほーら。こっちの軌道にはいっちゃいなさいよ」
「もう、そのまま軌道に乗るだけだよー」みたいな誘惑の声。


で、吉本さんが、
その軌道からの脱出法を
何だとおっしゃてるかというと、



こまかく刻め、と。



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「こまかく刻む」ことです。

憂鬱であるとか、愉快であるということの移り変わりを
うんと刻むということです。

なんでもいいんです。

つまらないことでも
感情なり、時間なりを小刻みに刻んでいくと、
それが「今日は楽しかった」ということになります。

(中略)

若いときは幸不幸とか、
鬱とそうじゃない時とを長い射程でとらえています。
だけど、年をとってからうつ病を脱出するには
長い周期じゃぜんぜん実感できないんです。

「今日は楽しかった。明日はわかんねえぜ」
ということでいいから、
そうやって細かく刻む以外ないということです。


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いやいやいやいや。そういうことなら、
わたしゃ、もう、今のうちから
「こまかく刻みクセ」を身につけたいな。

それにしても、あれですね。

亡きターシャ・テューダーさんとか
京都・大原に住むベニシアさんとか、
料理家の辰巳芳子さんとか、
ああいった「暮らしの達人」タイプの方ってのは、


体験や時間を、こまかく刻むことの達人


ともいえるわけですねー。
だから老いて、ますます素敵なわけだー。

高齢の人だけでなく、
ちょっと弱っている人、元気をなくしている人にも
「こまかく刻む」術は役に立ちそうですね。


吉本隆明さんの著書はこちらです↓


人生とは何か人生とは何か
(2004/02)
吉本 隆明

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【関連記事】ずいぶん前ですが、こちらでも吉本さんについて書いてました♪
紙オムツして、オシャレする老後へ。

こちらから過去記事一覧をご覧いただけます。
長大な巻物のようになっていますが(笑)最古記事から読んでいただくと面白いですよ♪うわめづかい

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