若さと未熟さと、アウェイ。

「ほぼ日刊イトイ新聞」
毎日更新される糸井重里さんのコラム、
「今日のダーリン」は、
とんがった内容について書いてあるときでも
肩の力が抜けていて、
テンションがほぼ一定に保たれていて、
あらゆる方面に配慮がなされていながら、
伝えたいことをストレートに伝える文章で、

毎回、すごいなーと思いますが、

1998年や2000年など、
「ほぼ日」が立ち上がったころの
ダーリンコラムを読み返したら
(↑画面を下のほうにスクロールするとあります)
ちょっとびっくりするぐらい、

とんがっていて、
焦っていて、
怒っていて、
長かったり、
短かったりしていて、
もう、いろんなことが一定じゃなくて、


あああ!!若い。もんのすごく若い!


と読むたびに思います。


若々しいとか、年を感じさせないとか、
感性がみずみずしいとか、
そんな「若者っぽい」もんじゃないんです。

「未熟」という意味に近い。
「反抗的」だったり、
「怒りっぽい」というような「若さ」です。


そして、あああ。糸井さん、
ものすごく成長したんだなあ。
こうやって「なりたい大人」へと成長したんだなあ。



と生意気にも、心の底から感嘆するのです。

とはいえ、
糸井さんが「ほぼ日」を始めたのは、
49歳とか、そのあたりの年齢だったと思うし、
もうそのころ、すでにコピーライターとして
功成り名遂げていたはず。

であるならば、

この人にとっても人並みの「老い」はあったはずで、
「老い」にふさわしい言葉や気分は
周囲にも発せられていたに違いなく、

しかし、なお、「ほぼ日」という
新しい挑戦に向かうとき、
「若く」「未熟」だった
ということなんだと思います。

そして、そのように未熟だったからこそ、
いまの糸井さんみたいな
「そこらへんにいない大人」に
なったんだろうなと思うのです。

昨日、「おしゃべり会」に参加してくださった方に
うれしいメールをもらったんですが、
近況報告とともに、


アンチエイジングには、アウェイがいちばん大事かも。


と書かれていました。


アウェイに身を置く。


いつもホーム(家のなか)にいるわたしなんか、
アウェイと聞いただけで、
緊張が走るけど、
その気持ち、大切だよね。

もう一度、「未熟」からはじめることも、
アウェイに身を置くことかもしれないもんな。

「大人になったつもり」でいず、
「なりたい大人」になるために
未熟者からはじめたい。
そしてちゃんと成長したいと思ったわたしでした。


【関連記事】若さつながりで・・・よければどうぞ(^_^)/
若者の若さを意識しすぎない。

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