ティーンズメイクと介護と、自由。

 

こんにちは!

 

「今日のこていれ」が終わって

何だか、ちょっと力の抜けているカリーナです!




     palon20121101_convert_20121102174036.jpg

犬の力も抜けています。
畳、障子、洗濯物の影とうちの犬。ああ、にっぽんの秋。




「こていれ」最後の記事には、たくさんのコメントをいただき

本当に、ありがとうございました。

さまざまな年齢の方が書いてくださいましたが、

若いころと違って、

30代でも、40代でも、60代でも70代でも、

友人として語りあえそうなところが、

うれしいし、楽しいし、ワクワクします。

 

それはそうと「今日のこていれ」では

どうでもいいようなことですが、

いろいろ発見しましたよ。

 

 

(1)アラフィフ世代は意外に、ティーンズメイクとつながっていた。


いやいや、ほんとに、現代中高生女子の

メイクへの関心と、技術向上に欠ける熱意はあなどれませんね。

 

お金をかけずに、アイメイクの精度を上げるなら、娘に聞け。

娘がいないなら、近所の子に聞け、です。

(ただし、ちょっと、おしゃれさんを選ぶべし)

 

今回の「こていれ」三銃士は、

3人とも娘のいるアラフィフ母親だったので、

ドラッグストア系アイメイク情報には

わりに敏かったです。

 

わたしを例にとるなら、

30代、40代と流行の過疎化地帯に棲息していたところ、

娘が思春期になったことによって

メイクやファッションの変化めまぐるしい大都会との間に

太いパイプができた、とでもいいましょうか(笑)

(パイプができることと、村おこしの成否は別です)

 

それだけに娘という存在は、麻薬。

ヤングカジュアルショップへの無敵な通行手形。

過度な依存は危険でもあるんですよねー。

 


 

(2)老いる親、介護の話題が必ず顔を出す。


 

京都で開いた「こていれサミット」の日、

芹澤さんのお母様の具合が急に悪くなり、

お会いできなかったように、

老いた親を心配し、

その先の介護をあれこれと思う、

また、実際に介護をする、
私の友人たちの幾人かもそういう時期に入りました。

 

「子育て中の母親」という存在から、
もしくは「頼りになる親のいる娘」という存在から、

「親に頼られる娘」という存在へ否応なくポジションが変わり、
そのことに戸惑う時期が、

40代後半から50代にかけてなんですね。

 

わたしに語れることはほとんどありませんが、

すこし風が通るような、

気持ちが楽になるような、

そんな企画ができたらいいなあと思っています。


 

(3)でも、自由。わたしたち、いろいろ、できるかも。


 

「今日のこていれ」は、本当にサクサクと進んだんですよ。

 

芹澤さんは、間歇的にドドドドっと

情報を一気に提供してくださり、

中島さんは、コンスタントに丁寧に

イラストを描いてくださいました。

 

ひとりに、ひとつずつ、仕事スタイル。

ひとりに、ひとつずつ、生活スタイル。

 

その人の空気を感じ、

そこに呼吸を合わせるのも楽しかったです。

わたしにも上手に合わせていただきました。

 

いやあ、この年齢。

いろいろ、あるけれども、

いろいろ、できそうでもある。

 

「自由」という言葉も浮かんでいますよ。



【関連記事】「今日のこていれ」の始まりはこちら♪
10月1日。アラフィフ三銃士、始めてみる。

このような関連記事も、よければ♪
娘といる母。その解放感の秘密。

こちらから過去記事一覧をご覧いただけます。
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喪失しても「現役感」は出せる!

 

夏目漱石は、奥さんになる鏡子さんが

悪い歯並びを隠そうとしないで

大口開けて豪快に笑うところを好きになって結婚した、

といわれています。

 

漱石、いいな。いい人だな。

 

わたしも歯並びが悪いうえに

治療のためのワイヤーが入っていて

口には、とってもコンプレックスがありますからねー。

 

でも、口を覆って笑うのはもっといやだから、

鏡子さん同様、コンプレックスをはねのけて

大口開けて豪快に笑うようにしています。

(もっと上品に笑えばいいんだけどな 笑)

 

ま、これも、

わたしが歯のケアをちゃんとせず、

歯周病を悪化させたから自業自得なんですが。

 

 

 

a1130_000096

 

 

 

わたしの小・中学校時代の友人で

ガキ大将だったミツルは、

今年の初めに糖尿病を悪化させて

片足の膝から下を切断しました。

神奈川県に住む友人と連名で病院に花を贈ったら、

本人から電話がかかってきて、

 

「中学同窓会の打ち合わせに

義足ばつけていったとばい。

まだ、慣れんけん、不便かあーー」

 

とコテコテの長崎弁で言うではありませんか。

病院に許可を得て

もう、「お出かけ」して「会議」して

ちょこっと「宴会」もしていたんです。

勝手に深刻になって、かわいそうだと憐れんだ自分が

恥ずかしいような、申し訳ないような気がしました。

そんな感傷など彼にとっては
何の力にもならないと反省しました。

 

彼の足に比べると

わたしの歯の問題など

ハナクソのようなものですが(たとえが下品でごめんなさいよ)

でも、

 

 

わたしたちは、年とともに

いろいろなことを喪失するんだな。


と思うとともに、

 

 

喪失したことを、

大げさに考えるのやめよー。


とも思いました。

 

 

美男子が頭髪を失ってハゲおやじになっちまっても、

美女が体重激増して可憐な面影を失っても

それがどうした。

 

足が悪くなってステッキが手放せなくなっても

いろいろあってビンボー暮らしになっても

車いすが必要になっても

総入れ歯になっても

友人に会いに行こう。ちょっとがんばって会いに行こう。

 

 

そこで、楽しいことがあればよし。

楽しくないことがあってもよし。

その快不快の混じった「刺激」を求めにいこう。

 

 

大滝秀治さんは、末期がんの緒方拳さんに

そのことを知ってか知らずか

「健康と元気は違いますよ」と言ったと

倉本聰さんが大滝さんへの弔辞で語っていました。

緒方さん、その言葉に、どれだけ励まされただろう。

まだやっていける。元気でいられると思っただろうなあ。

 

 

「健康」と「元気」は違う。

「昔と変わらない」ことと「現役感」も違う。



「こうでなくちゃ」と

若いころの自分の姿やポジションに執着し

喪失したものを数え上げ、

世界を狭くするなんて、つまんないや。

 

それこそ「現役感」から遠ざかるばっかりだから、

喪失したなら、喪失したまま

笑顔で人の輪に入ろう。

 

それがカッコイイと思います。



【関連記事】幼なじみは、いろんなことを教えてくれます。人気記事です♪
もう、心のことはいいや。と思ってみる。

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秋の光と「突如、メガネを拭いてもよいのか」問題。

 

仕事の打ち合わせが終わったあと、

「お昼でも食べましょうか」と、

イタリアンレストランに入りました。

 

クライアントの女性に奥のソファ状の椅子へ座っていただき、

わたしは、通路側の木製椅子へ座ります。

 

バッグを隣りの席において
よっこらしょと座って顔を上げると、
その女性の後ろにあるスリット状の窓から、

秋の光が、わたしの顔面へシャキーン!

 

それとは対照的に、

向かいに座る女性は、文字通りの「後光効果」で

顔はやや暗い影になり、

何だか、ゆったりと神々しく見えます。

 

片方が暗くて片方が明るいって、

なんか、ちょっと落ち着かないけど、ま、いいか、

と思っていましたが、

さあ、いろいろ食べながら話そうとなったとき、

 

 

あ、わたしのメガネ。曇ってる。

 

 

と気づいたんですねー。

メガネの右側の斜めちょい上のところ。

それまで気づかなかったけども、

光にシャキーンと照らされて

それなりの広さのスペースが曇っている。

 

20121107.jpg

 

とても、気になる。

 

 

ここで、おもむろにバッグからハンカチをだし、

メガネをとり去り、

「メガネなしの顔」を何の前触れもなく、

突如、相手の現前に披露し、

「何ごと?」と相手が動揺する隙も与えないほどに、、

どこが曇っているかを確認せずにおられぬと

メガネをぐっと掲げて光にかざし、

そののちゴシゴシふき、

再度、光にかざして目を細めてチェックし、

(ハーっと温い息をかけるならここ)

もう一度、念のためにクイクイっと吹き、

「これでよし」と肩をなでおろして

メガネを慎重に装着し、

元の顔に戻って静かに微笑む・・・

 

という一連のプロセスに入ってもいいのかもしれませんが、

家族や友だちや同僚ならともかく、

クライアントの女性の前で、

しかも差し向かいに座りながら

「メガネと自分だけの世界」に入るのは、

いかがなものか。許されるのか。淫靡ではないのか。

おじさんではなく、レディーとして。

 

「人前でメガネを拭いてはいけません」というマナーは

聞いたことがないけども、

「人前でパンツを脱ぐ」がマナー逸脱度10000。

「人前でハナクソをほじる」が逸脱度200、

「人前でメイクをする」が逸脱度50だとしたら、

「人前で(突如)メガネをふく」も

逸脱度10ぐらいはあるんじゃなかろうか。

(度数についてはテキトーなので、厳しく査定しないように)

 

・・・というわけで

「人前でメガネと自分だけの世界に入る」ことはできず、

曇った眼鏡を装着したまま、

気どってクリームソースのニョッキや

サラダやデザートやコーヒーを食べました。

面倒だったのでトイレに立つこともせず、

終始一貫、曇ったメガネで貫いたことをご報告しておきます。

 

秋の光は、透明なせいか、

窓ガラスや鏡や

メガネの「曇り」を強調しますねーー。

 

世のメガネ・レディーのみなさま。

いつもより、メガネを入念に磨きましょう。

もしくは直射日光を避けましょう。



【関連記事】こっちは、ちゃんとしたお役立ち記事♪
めがね美人になるための5か条。

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なるほど。加齢と運動とグルコサミン。

 

私たちのからだは、

代謝であれ、排せつであれ、何であれ

秩序だって行われているので、

その秩序を守るために、

外界から入ってきた異物に対して、

細胞とか、何か、よくわかりませんが、その辺りで

絶え間ない「秩序をめぐる攻防戦」が行われているのですよね。

 

そして、快勝とはいかないまでも

それなりに秩序側が勝利を収めてくれているので、

「今日も食べ過ぎたわー」とか、

「明日からダイエットウィーク!」と言いながら、

まあ、ご機嫌に暮らしていける。

 

あれですねえ。

 

 

不平不満が言えるのも、

グチや悪口、言えるのも、

細胞様のおかげです。

 

 

いや、感謝の対象が「細胞様」でいいのか、

その辺はよくわかりませんが。

ま、体内の、ミクロな皆さんに感謝ということで。

 

そして、年をとると、

その「秩序維持派」の勢力が

ちょっと弱くなるんですねー。

 

若いころは、どんな暴れん坊が入ってきても

こっちも暴れん坊だったから負け知らず。

楽勝だったけども最近は辛勝、みたいな。

 

 

先日、幼稚園時代のママ友3人と久しぶりに食事をしたのですが、

みんなテニスやウォーキング、ジョギングをしていたんです。

 

 

ああ、みんな、体内の秩序維持派の戦いを

側面支援しはじめたなあ。



と思いました。

 

 

年をとればとるほど、多くの人が、

食事や運動や着るものなどに

自分なりの「秩序」を持ち込んで、

あれこれ試しては、これがよい、これが効いた、

グルコサミンがよい、コンドロイチンがよいなどと言いますが、

これも「体内の秩序維持の側面支援」なんですね。

(若いころは、どうでもいいだろがーと思っていたけどね 笑)

 

 

よき習慣は、生きる意志。

どの習慣がよいかはイマイチわからんが、

不規則&無秩序よりは側面支援になるだろう。



なーんて、やや、年寄りくさい記事となりましたが、

私も、昨日、51歳となりましたので(こっそり)

ますます、よき習慣を身につけ、

体内のミクロ戦士の戦いを外野から熱く叱咤し激励し、

ブログにあれこれ駄弁を弄する活力を

いついつまでも維持したいと思います。




【関連記事】昨年の記事を見たら、200以上も拍手ボタンを
押してくださっていました♪遅ればせながら、深く感謝申し上げます。
ああ、時は過ぎゆく。ブログも続く。

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オバチャンが、はしゃいでしまう理由。

 

自分もオバチャンなので

友人と待ち合わせしてお出かけするときなんか、

顔を合わせた瞬間に、つい、はしゃいでしまって

周りが見えなくなることがあるのは、なぜなんだろう、と

わがことながら、不思議に思います。

 

周りから見れば、

「あのオバチャンたち、何、喜んでんの?バカみたい」

という感じだったり、

「年取ってるくせに女子高生の気分かよ」って感じでもあるんでしょうが、

当の本人たちは、お互いへのあいさつや気遣いで

「あれも言わなくちゃ」「これも伝えなくちゃ」と忙しく、

それでもう手いっぱいになって、

つい、周囲が見えなくなるんですよねー。

 

決して、単純に、喜び騒いでいるわけではないのです。

 

んじゃ、なぜ、そんなことになるのか。

暇に飽かせて考えてみました。

すると、どーも、この「オバチャン型突発性大はしゃぎ症候群」は、

 


「おすまし」レベルの

大きな落差から生まれるのではなかろうか。


 

と思ったのです。

 

観劇でも、美術鑑賞でも、お食事でもいいんですが、

友だち同士(この場合は3人以上)、

いついつ行こうねと約束して当日を迎える。

いつもより、気合を入れてオシャレして出掛ける。

もう、家を出るときは、「おすまし度」マックス。

「いそいそ度」もマックス。

 

一人で電車に乗っているときも、

いつになく「おすまし&いそいそモード」。

 

このまま行き先が、

結婚式場とか、お茶会とか、重役会議とかなら、

「おすまし」を高レベルに維持したままでよいのですが、

そこに待つのは、よく知る「友」、

もしくはかつてよく知っていた「友」。

 

それぞれが、それぞれの家の玄関口から

高レベルのまま運び込んだ「おすまし」が

待ちあわせの名所や駅のホームで鉢合わせした瞬間、

いきなり、友だちという「ざっくばらん」な関係に叩き込まれる。

 

おすまし度100から

おすまし度ゼロレベルを逆側に振りきって、

ざっくばらん度100へ!

 

なぜかオシャレしている自分がビミョーに恥ずかしく、

同じようにオシャレしている友の気持ちがこそばゆく、

なぜかまったくオシャレしていない友の現況が気になったりし、

いずれにしろ何となく照れくさくて居心地が悪く、

「まあ、これ似合う」「ああ、いいね、これ」と

目についたことをほめ言葉にして連発したり、

「いや、これ、安かったの」「この頃、調子悪くて」と

マイナスアピールを早口でまくしたてたりしながら、

 

 

「おすまし」から「ざっくばらん」への

落下衝撃を和らげる。

 

 

さらに、お互いの「おすまし度」の差≒気合の差を

笑いと言葉とボディタッチなんかで埋めていく。

なんか、そういう、切実で動物的な行動だったりするんですよねー。

 

外に出かけたときのモードが、

「おすまし」と「ざっくばらん」しか持ちあわせがないと

「オバチャン型突発性大はしゃぎ症候群」を発症しやすくなるので、

その中間というのも変だけど、

自分なりの「平常モード」も持っておいたほうがいいのかな。

 

あるいは、

「今日は、わたし、すましているな」というときは、

「オバチャン型突発性大はしゃぎ症候群」発令警報も出ていると

すこーしだけ用心してみるとか。


わたしも用心して、オバチャンから大人への脱皮をめざします(笑)。


【関連記事】おばちゃんの元気の裏には、いろいろ陰影があるんですよねー。
「おばちゃんパワー」に秘められた真実。

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邪魔だな。「活躍している人」のイメージ。

 

わたしは家にいることが多いせいか、

「第一線で活躍している人」をイメージしようとすると、

その人が「移動中の様子」がどうしても浮かぶんです。

 

きちんとメイクして、

ちゃんとした格好をして

ちゃんとしたバッグを持って

新幹線に乗ろうとしていたり、

空港のカフェにいたり、

颯爽と歩いていたり、

あと、誰かと打ち合わせしていたり・・・。

 

本当は、「第一線で活躍」していればいるほど、

A地点で何かを必死で完成させ、

B地点で頭を抱えて呻吟するなど

「生みの苦しみ」を味わっているはずなのに、

そんな風景はちーっとも浮かばす、

イメージ上の活躍女性は、つねに颯爽と移動中なのです。

A地点からB地点へと、忙しげに。充実した面持ちで。

 

移動中とはいっても

バスに揺られて移動とか、

自転車をこいで移動といった風景は浮かばないので

 

 

近距離移動≒活躍していない

遠距離移動≒活躍している

 

 

という図式が頭の中にできちゃっているのかもしれませんね。

 

 

なんなんだ? この摩訶不思議な遠距離移動至上主義は。

 

 

しかし、あれですね。

 

 

テレビコマーシャルでも

 

●ビジネスを肯定的にとらえたものは、颯爽と道路を移動系。

(ビールとか、金融とか、オフィス器具とかかな)

●ビジネスを疲労蓄積的にとらえたものは、オフィス定着みんなで踊り系。

(二日酔い系とか、草薙氏の出演しているのとか)


の傾向がありませんか。

 

どーも、みんな、「活躍」となると「颯爽と移動」が

イメージ上に固定化されているような気がするなあ。

 

困ったもんだ。

 

 

a0001_001441

当たり前だが飛行機も移動中は、活躍感あり。

 

 

だって、そうすると対極にあるのは、

「四六時中、家にいる系」の人物ってことになっちまいますからね。

 

主婦もそうだし、

家族経営の職人なんかもそうだし、

商店主もそうだし、

お年寄りもそうだし、

引きこもっている人たちもそうだし。

 

こういう、わたしを含めた「移動しない人たち」、

もしくは「ほとんど移動しない人たち」、

もしくは「近距離移動限定な人たち」は、

 

長距離移動を日常とする人々≒活躍人を

しばしば思い描くことによって、

その対極に位置する自分の毎日を

ちっとも風景の変わらない、

退屈でしょうといわれたらそんな気もする、

颯爽感のない、そのかわり、繰り返し感の多い人生・・・

ってふうにとらえがちになりますからねー。

 

うーん。邪魔、邪魔。

こういうイメージって邪魔だ。

 

これには、きっと、その逆もあって

「家でゆっくり過ごしている女性」イメージが、

家以外で過ごす時間の多い女性たちにとっての

「幸せイメージ」になっていたりするんですよね。

 

ま、「活躍」というものがそもそも

他人から見た評価だから、

「活躍している人」っていうのも、

それぞれのイメージの中にしか存在しないのかもしれません。

(「わたし、活躍しています」って自己申告する人いないもんね。)

 

というわけで、

 

今日も、自分の場所で、不満かかえて、ほがらかに。



【関連記事】いやいや、活躍以前に「小さな抱負」も難しいです(笑)
決めよう。身の丈にあった抱負。

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「つつましさ」と「身ぎれい」の共存地点を。

 

今週の日曜日、

娘と一緒にショッピングに出かけたのですが、

娘はあれこれと安い流行り物を買ってご機嫌だったものの、

私自身は、「いいなあ、これほしいなあ」と思ったコートをあきらめ、

5990円のロングカーディガンだけを買ったので、

 

 

あああ。なんだかなあ。

買い物に行ってションボリするなんてなあ。

あのコート、欲しかったよーー。

 

 

と自分の節約ライフを嘆きつつ、

心で不平をブーブーもらしつつ、

電車に乗って空いた席によっこらしょと座って、

ようやく落ち着いて目を上げたら、

前の横並びシートに座る乗客のだれ一人も、

見るからにお金持ちそうな人はいませんでした。

 

 

まだしも私たち親子は買い物帰りで

ファストファッションに偏っているとはいえ

買い物袋をいくつも下げている分だけ

浮き足立っているほうで、

ズラリと並んで座る人たちの中には、

仕事帰りや何らかの用事を済ませてきたような、

日常的な、どちらかというと沈んだ表情の人も多く混じっていました。

 

 

私と同世代の女性の膝の上には

くったりとした合皮のバッグが乗っかっていました。

 

 

別の女性は、あまり美容院に行っていないような

とりとめのないヘアスタイルをしています。

 

 

お母さんに肩を預けて座る小学校低学年の女の子は、

靴も服もソックスも

安くて有名な子ども服チェーンのものじゃないかなあと思いました。

 

 

みんな、つつましく生きている。

 

 

歩き疲れてボンヤリとはしていましたが、

ズシリとそう思いました。

 

 

つつましさ、と、おしゃれ、の共存は、

やっぱり、それほど簡単ではないのです。

工夫やセンスがあれば、何とかなるだろうけれども、

つつましさの根底に日々の疲労があれば、

継続的な手入れや買い換えも

ときには、むずかしくなるもんです。

 

 

それでいいんだとはいいませんが、

そういうものだ、というところから、

「つつましさ」と「身ぎれい」の成立する地点を

これからも考えていきたいなあと思った次第です。

それは、

 

 

合皮と同じ値段で買える本物を探す。

 

 

というようなことかもしれませんし、心の持ち様かもしれません。

 

 

それにしても寒くなりました。

外は寒くても、懐も寒くても、

心と下半身はあったかくしてましょうね。皆の衆。

 

 


【関連記事】この記事のときに購入したバッグ、活用中です(^_^)/
背伸びしない「本物感」でよしとする。

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「自分の年齢」の取り扱い方に、慣れる。

 

パソコンだってスマホだって、

自分の分身のように自在に使いこなすには、

「慣れ」とか「習熟」とか、

「失敗」とか「試行錯誤」とか、

「実地訓練」が必要です。

 

それと同じように、実は、

 

 

「自分の年齢」の取り扱いにも

失敗や試行錯誤や慣れや習熟や実地訓練が必要なのです。

 

 

だーれも教えてくれなかったけど、

わたしゃ、いまになって、それが、わかりましたよ。

 

進学や就職までは、

親や学校やリクナビやマイナビや

会社の上司や先輩が

「一人前になるんだぞ」と手取り足取り、

叱咤激励、指導鞭撻してくれますが、

 

 

「年齢の取り扱い方」に説明書はない。

 

 

もちろん、アンチエイジングの方法や

偉い人の書いた「老いの○○」という本はあるけれども。

 

おそらくだれもが、

40代前後から何とはなしに、

日常のあらゆる場面で

「自分が、いままでの自分ではなくなっていくような感覚」

「おばさん、という希望なき領域に踏み込んでいく恐れ」

「女としての表舞台から去るような寂しさ」を感じる。

 

・・・これらの感覚との折り合いのつけ方、

これらの感覚を持て余しながら

居心地悪く若者と会話するときの

自然な身の処し方。

オバサン度の適度なアピールは必要なのか。

「痛い」ってのは、そもそも何なのか・・・など。
一見、ささいな居心地の悪さに直面し、
そういうものか、と思いつつもションボリする。

 

 

実は、こういったもろもろを感じはじめたとき、

「自分の年齢」の取り扱いに習熟するための

孤独なトレーニングが始まっているんです。



居心地の悪さを感じるときは、

まだ、「自分の年齢」の取り扱い方が

よくわかっていなくて、

自分自身が困っている状態だったんだなあ。
いまになってそう思います。



スマホを買ったばかりのころ、

メールの送り方がわからないのと同じようなものだったのです。



試行錯誤。実地訓練。習熟。そして一心同体へ。



そう考えると40代のトレーニングが、一番、大変なのかも。

わたくし、51歳になり、ずいぶん、取り扱いに習熟してきました。



これからも創造的なトレーニングをしたいです。

 


【関連記事】この頃の記事のすべてが、私にとってのトレーニングでした。
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40代。スタイルのある生き方へ。

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ヒラリーさんと小池百合子さんの髪型問題。

 

いつのころからか、ヒラリー・クリントン氏の髪が長くなって

 

「どうしたのかなあ。これは、スーパー・キャリア・ウーマンにおける

ヘアスタイルの新潮流なのかなあ。

この、あまり、手をかけていない感がいいのだろうか。

『老いに任せる』というある種の心意気の表れだろうか」

 

などと思っていたら、

いつの間にか、小池百合子氏の髪も長くなっていて、

 

 

「な、なんだ。このシンクロニシティは!?

こ、これは、ヒラリー氏への敬意と憧れの表明だろうか。

それか『オシャレ政治家』のショートヘア離れが

世界的に進んでいるとか?

中高年女性は、髪を一つにまとめるのがオシャレだよ的新トレンド?」

 

 

とあれこれ疑問に感じていましたが、

 

 

やはり、同じような疑問を抱えている方は

日米両国にいらっしゃるようで、

アメリカでも、日本でも、

「ヒラリー・クリントン 髪」

「hillary rodham clinton hair」

「小池百合子 髪型」

などで検索するとさまざま意見・憶測・批判・悪口などが出てきました。

 

 

ヒラリーさんは、私の英語力の問題もあってよくわかりませんが、

小池さんは、「自民党が政権奪取するまで髪を切らない」

おっしゃっていたんですね。昨年の10月に。

 

 

知らんかったーー。願掛けだったとは。

 

 

このところ、橋下さんも髪にビシッと分け目を作って

天下分け目の「おおいくさ」に対する闘志をビシッと表しておられますが、

小池さんも「後ろで1つに結んだ長い髪」という

幕末の脱藩浪士のようなヘアスタイルでもって

闘志を表しておられたのです。漢だな。

 

 

しかし、ヒラリーさんも、小池さんも

 

 

伸ばしっぱなしのロングヘア、らくちーん!



と思ったに違いなし。

 

 

中高年女性の髪というのは、もう、これ、ほんとに

ちょっとした「先延ばし」(カットやカラーの)を見逃すことなく、

ちょっとした手抜きを如実に暴露してくれる、

超面倒くさいものですからねーー。

 

 

洗いざらし、伸ばし放題、でよかったら

どれだけ楽なことか。

どれだけ人生ノンキなことか。

 


そう考えると、

わたしたちが日ごろ、

「おやじ」とか「おっさん」とか呼んでいる方々が、

スタイルはどうあれ、一度たりとも「ロンゲ」になることなく

「ショートヘア」を維持し続けているのは、
尊敬に値することかもしれません。

父ちゃん、あんたは偉かった。

 

 

なーんて、このようにどうでもいい駄弁を弄しているのは、

わたしが、「ああ、そろそろ、美容院いかないとやばいなあ」と

思っているからでした(笑)

 

 

というわけで、みなさんも、髪のお手入れを。

もしくは、願掛けを。



【関連記事】美容院という場所がまた、
判で押したようにビミョーなんですよねー(笑)
美容院。堂々としていいんです。

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自分の顔の「年輪」にも、慣れねば。

 

それぞれのテイストを持った「服」というものには、

それが期待する「顔の雰囲気」とか、「表情」とか

そういうものがありますよねー。

 

女子中高生のセーラー服なんかはその最たるもので、

どんなに美しくても、年を数歳重ねているだけで

コスプレ感が急激にアップしますもんね。

(セーラー服は、まあ、そういう特殊な文化でもあるんですが)

 

あれはやっぱり、

どこか「未完成な内面」が表情となって表れている

「思春期の顔」でないと厳しい。

その子がどんなにケバくても、不細工でも、そんなのはあまり関係なくて

「未完成」が形となってあらわれた若い顔なら

ちゃーんと着こなせるのです。たとえ、アイメイクばっちりでも。

 

それにひきかえ、

 

わたしは最近、それなりに選んで服を着て

「こていれ」で勉強したことも踏まえて

相変らず雑ではあるがお化粧もして、

メガネが曇らないように磨いて、

髪も整えて、さあ、出かけようと鏡を見た瞬間、

 

 

いちばん、コーディネートを邪魔しているのは、

この顔じゃないかい?

 

 

と思って意気阻喪することがありますよ。

 

 

いやいや、顔の造作のことじゃなくて(それは、もう、承知済み)

顔のもつ「年齢相応のしかつめらしさ」とでもいいましょうか、

「あらゆる意味における透明感のなさ」とでもいいましょうか。

いつの間にか「刻まれてしまった年輪感」とでもいいましょうか。

 

 

ま、そんなようなものを鏡の中に発見して、

日によって、われながらびっくり&ガックリするのです。

(毎日じゃないところが、謎)

 

そして、その顔と首のあたりの肌の感じが、

何ともいえぬ相乗効果となって年齢を物語り、

カジュアルな服装をしたときなどに邪魔をする。

 

 

前々回の記事に、「年齢の取り扱い」について書きましたが、

自分の顔の扱いにも慣れる必要があるなあと思います。

 

 

自分が思っている以上に、

年輪を刻んだ顔になっている、という事実。

 

 

この「年輪」を

さらに強調して「威厳」のほうにもっていくのか、

個性を加味して「かわいらしさ」のほうにもっていけるのか、

「不機嫌」へと流れるままにするのか、

「アンチエイジングによる年齢不詳ゾーン」にもっていくのか。

 

 

選ぶ道は、人それぞれとは思いますが、

手をこまねいていると、

 

 

ヤフーオークションなんかで使われている

 

 

「かなり使用感あります」

 

 

という状態で、どんどん年を重ねることになるので、

顔の年輪との折り合いを

自分なりに、ちゃんとつけたいものですね。

 

 

いまのところ、

顔の年輪増殖傾向との折り合いのつけ方に

特に秘策はありませんが、

 

 

・背筋を伸ばす

・笑顔をケチらない

・清潔な服装をする

 

 

というお金のかからない方策3点を心して実践し、

「使用感はありますが、風合いは悪くありません」

って感じにはしておきたいなあと思う次第。

 

 

連休の間も、ブログに来ていただいてありがとうございます。

 

うちの周りは、桜の落葉が雨に濡れています。

落ち葉を踏みながら、夏の蝉の声なんかを思いだすと

なんだか乙な気分。

秋を味わいながら、夏を懐かしむなんて

わたしも大人になりました。

(顔だけ老けたわけじゃないのよねーー)



【関連記事】これには続編もあり、「顔のいかつさ」についても書いていました^_^;
「すべらない若作り」のための3か条。

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