「恋を探して生きる」若い時代の輝きとストレスと不自由。

 

テレビに登場する若い人たちを見ていると

たまーに(いつもではないですよー)、

 

 

「ああ、恋愛の季節にいるんだなあ。

うらやましいなあ」

 

 

と思います。

 

 

もちろん、それゆえに傷つくことも多いし、

若いからといってだれもが恋愛しているわけじゃないことも知っていますが、

男女の出会いのなかに「恋愛の可能性」が

つねに幾分かでも含まれる。

それが、なんか、うらやましい。

 

 

目の前の異性との間で

その可能性が含まれるか否かを判断しながら、

絶え間なく揺れ動く関係性のなかにいるとでもいいましょうか。

そのスリル。

つねに快いわけでなく、不快なことにも数多く遭遇するけれど

それでも出会いごとに潜んでいるかもしれない、かすかな可能性。

その可能性を探ることが、なんかちょっと特権めいて、

今となっては、うらやましい。

 

 

恋愛のなかにふくまれる、あの、

さまざまな、ざわめき。ときめき。予感。期待。意気消沈。

「異性」との間で交わされる

理性と本能と、その両方を総動員して行われるコミュニケーション。

 

 

 

それらがあたりまえにある年代がうらやましい。

それらを男女ともに肉体の輝きが後押ししている感じ。

ああ、いいなあと思います。生きているなあと。

 

 

 

同世代の女性のなかには、

「恋愛は脳でするものだから年齢に関係ない」という人もいるし

実際にそういう人もいるのだと思いますが、

わたし個人について言えば、

やはり、「ひとつの時代は終わった」感が強いです。

 

 

一貫して非モテの道を歩んできたわたしも若いときは、それなりに、

いつもどこかしら「恋を探して」生きてきたように思いますが、

いまは、「恋を探して」生きていないですもん。

 

 

もちろん、こういうことは個人差が大きいことなので、

いろいろな女性がいるでしょう。

きっと死ぬまで恋愛ハンターの人もいると思います。

 

 

ただ、わたしは、自分が恋を探さなくなって

恋を探して生きる日常の大変さやストレスから

解放された面もあると知りました。

 

 

「うらやましい」には、だから、

「いいなあ」だけじゃなくて

「大変だなあ」や「お疲れ様」も少量ずつ混じっているのです。

 

 

「恋を探さなくなって」から

いよいよ、本当に肉体的に老いてしまうまでの間に

「颯爽」という言葉がふさわしい時期があるんじゃないか。

最近、そんな気もしています。

 

 

媚びなくていい。

演じなくていい。

幼いふりしなくていい。

何かにしっかりと集中する。

人として優しくある。

 

 

そんな時代です。

 

 

恋の時代もあっという間に過ぎましたから、

この「颯爽期」も

あっという間に過ぎるでしょう。

 

 

ドラマや若い人たちの姿を見て

「いいなあ。うらやましいなあ」とたまには正直な気持ちを口にしながら

自分なりの「颯爽期」を自覚的に生きたいなー。

 

 

(あ、颯爽期って「パンプスで大股に歩く」的イメージじゃないですよ。

そういう「颯爽」は、「恋の時代」のコスプレに近いんじゃない?)




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