「会話」と「ときめき」の関係を研究してみた。

 

高校2年生の娘の友だちが

男女ともに数人でやってきて

リビングで話をしているのを見ていたら、

 

 

むむ。会話が何層構造にもなっているぞ。

 

 

と思いました。

 

図にすると、こんな感じです↓
キャプチャ_convert_20130801180038



会話として交わされている内容の下に

「お互いへの好意や期待や牽制」などの層があり、

そのさらに下に「大人になったら的な層」がある。

 

 

大人になった後の明確な夢や大志といってものじゃなく、

漠然とした「人生の長い残り時間」への安心感や

「大人になったらこんなふうにしたい」という

楽観的イメージみたいなものですね。

 

 

ベタなところでいうなら

「こんな服装がしたい」とか

「子どもにこんな名前がつけたい」とか、

まあ、そんなものです。

 

 

このような「現実にかわされている話題」の下にある層が、

彼らの会話に「不必要なまでの爆笑」とか、

「楽しくてたまらなくなっちゃう感じ」とか、

そういった高揚感を与え、

もうなんだったら夜通し遊べちゃうよ的な
燃料補給源にもなっているのです。

 

 

そんなことを思っていた水曜日、

恒例の某社プロモーション会議に出席したのですが、

そこで、ハタ!と気づきました。

 

 

あ、わたしは、いま、この場において

一番、上の層の「話題として会話されている内容」のみで

存在しているぞ、と。

 

 

図にするとこんな感じ↓ 線から下、なし。

キャプチャ2_convert_20130801175728


「そんなの仕事だからあたりまえでしょー!」と

思われるかもしれませんが、

いやいや、そんなことはないのです。

 

事実、わたしの隣に座る30代女性と

30代男性陣の間で交わされている会話のなかには

ビミョーにその下の層、「異性に対する好意層」が

存在しているのです。

 

というか、「好意が存在しているかどうかを探り合う層」は、

少なくとも存在している感じ。

 

 

上の図にも書いていますが、

 

 

下2層は、「ときめき物質」の分泌層といっても

過言ではありません。

 

 

年とともに「ときめかない」とよく聞きますが、

この「層理論」でいくと、

「ときめき」が今後、自然に補充されたり、

どこかから湧いて出てきたりってことは

どうも難しい。

 

「異性に対する好意層」を

あきらめずに確保すべくあらゆる努力をするか
(なかなか大変な道ではあるが)、

それ以外の、「ときめき自己補給源」が必要であり、

それができるか否かが、ヒジョーに重要な気がします。



あ、もうひとつあるのは「ときめき」を重視しない、という道かな。


その道もありそうですね。
うーん。なんだろう。


わかんないけど
情熱や充実のカタチは「ときめき」だけではない、ような気もする。



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