「いる」は現実、「いない」は記憶。犬を亡くして思うこと。

 

今朝、犬が亡くなりました。

 

 

病院と家を往復して1週間。

あっけない最期でした。

 

 

捨て犬を拾ったので

近くに住む友人たちからも

「拾われてよかった。最後まで幸せだったね」と

ほめてもらいましたが、

そんなこともないんです。

 

 

小さい犬をスーパーの袋から出し、

むんずとつかんで、

「わ、わたし、どうしようとしているんだ」と自問しつつ、

マンションの階段をスタコラと上りながら、

「これ、ある意味、拉致だな」と思っていました。

ちょっとした拉致監禁だな。

 

 

夫は「みすぼらしい犬やなあ」と

乗り気じゃなかったし。

獣医さんにオスと間違われて

しばらくは「男のくせに!」といわれて育つという

災難もありました。

 

 

わたしも夫も犬を飼ったことがなかったし、

ノミだらけでやってきたし、

3歳の娘の病気が長引くと

「この犬のせいじゃないか」と思って病院で

「犬拾ったんですけど、アレルギーじゃないですか!?」と聞いて

先生に、「そうかもしれないですけど、

アレルギーってわかったらどうしますか、

捨てますか」と聞かれてスゴスゴ帰ってきたこともあります。

 

 

土を掘り返すのが好きな犬で

ある日帰ってくるとリビングのベンジャミンの鉢の上に

体ごと乗り、土を盛大にまき散らして

部屋を幼稚園の砂場みたいにしてくれました。

わたしは激昂して、小さな体をつかんで放り投げました。

しばらく、洗濯機の隙間から出て来なくなりました。

 

 

とても小さいときはよく噛んだので

ひっくり返して「ダメ」と言ったり、

口のなかにげんこつを入れたりして格闘しました。

あるとき、ふと、「あ、この子になら噛まれてもいいや」と思い、

「なんも怖くないや。あんたならどんな子になってもいい」と思い、

そこで自分は飼い主になったと感じました。

 

 

お前がどんだけ巨大犬になっても

(足を見たらサイズはわかるそうですが、わたしにはわかんなかった)

どんだけ凶暴犬になっても

わたしは、あんたを引き受けると腹がすわったのです。

 

 

犬育ての本もたくさん読みましたが、

ベテランの人から見ると

間違いも多く犯していると思います。

 

 

犬は、巨大にも凶暴にもならず、

フツーの大人犬に育ちました。

わたしの「拉致監禁」に嫌な顔もせずつきあってくれ

一日2回の散歩で不平をもらすこともなく、

水が嫌いなのに、

夫のフライフィッシングの供をして渓流を歩き、

娘の友だちの乱暴なスキンシップにつきあってくれました。

 

 

いまはまだ、犬は、

花をたくさん入れた段ボールのなかに静かに眠っているので

「いる」と「いない」の間にあります。

 

 

明日、火葬してしまえば、



「いる」は記憶だけになり、
「いない」が現実になる。


 

 

14年間もいたのになあ。

すべてが幻のようです。

 

 

睡眠不足なので今日は早めに寝よー。

 

 

そういえば、今朝、犬は最後のうんちで

わたしの髪の毛を汚してくれたのでした。

色のついた水みたいな、ほとんど無臭のうんち。

わたしの人生に「運」をつけてくれたんですかね。

ありがとね、パロン。






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