「なぜか毎回、劣等感を感じさせる人の話法」をどう考えるか。


ごくまれにですが、


「わたしのまわりには、
こういうことのできるすごい人たちが
たくさんいるのよ!」


と語るその人の、
その「すごい人たち」のなかに
決して自分は含まれていないのだなあと
しみじみと感じさせてくれる人がいます。
なぜかわからないけど
その人と話すたびに、
かすかに劣等感を感じさせてくれる話し方。


その人のまわりには、
「ものすごく才能のある人」や
「とても面白い人」が大勢いるらしく、
彼らは、その人のことが大好きな様子です。
あれこれ心配してくれたり、
駆けつけてくれたりしている。


こういう「話法」は、
知りあいの会話だけでなく
ノウハウ本などにもしばしば見られます。


すべてを鮮やかに解決する生き方が、
小気味よく、勢いよく語られるため
若いころは発奮し、刺激を受けることもありました。


しかし、この方たちがそうというわけではありませんが、
森瑤子さんが実際にはあまり幸福な私生活でなかったことや
千葉敦子さんというジャーナリストの自分語りに
いくつかの嘘があったことをその没後に知り、
敬意は失わないものの、


語ることは、隠すことでもあるんだ。


と気づきました。

いまも、ノウハウ本などのなかには、


わたしは、こうしている。


と自信たっぷりに語る言葉の裏側に、
「そうはできない大勢の人間たち」への優越感が、
もれなく、ぴったりと張りついている場合があります。


そんな本に出合うと
発奮したり刺激を受けたりする前に、
「あ、この著者は、何か隠している」と感じてしまう。


威勢のいい煙幕表現だなと。


自分を隠すために煙幕を張る人の
「抑圧された孤独」を感じると
多少は我慢してでも理解しなければならないという気持ちになり、
自分に何かできそうな気がすることもありましたが、
空振りすることの方が多く、
その人の期待するものを提供できたことがないので、
年とともに敬遠するようになりました。


わたしは、自分の生きる場所で、
失言したり、すべったりしながら、
率直に言葉を使いたいです。


それが、幸せへのノウハウじゃないでしょうか。





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プチ劣等感に心が痛むとき。

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