誰も悪くない。 ほとんどの場合、 タイミングが悪い。


この前、友だちのMさんが、
子どもの部活動のおかあさんたちと作っている
LINEグループでもめ、
それ以来、無視されているとかで


「ああ。もうつらい。嫌われてる。
次の集まりにも行けない。
・・・というか行きたくない~!」


と目に涙を浮かべんばかりの勢いで語りました。


目に涙が浮かびそうなぐらいの勢いですから、
Mさんが、求めているのは、
聞き手であるわたしたちの
深い「うなずき」と
どこのだれだか知らないが憎き「そいつ」の「糾弾」と
「あなたは悪くない」という精神的な抱擁でしょう。
というか、それがまっーーたく与えられなかったら、
傷ついた心は行き場を失い、
もう、暴れだすからね状態!


そんなもんですよ。つらいときは。だれだって。
(もちろんMさんは、いい人ですから、
暴れるようなことはしません)


ところが、
もうひとりの友だちRさんは、
じっくり話を聞いたあと
おもむろに体を後ろにそらせて
「まあ、そんなふうに感じる人もいるよね~」と判断保留、
というかむしろ、Mさんの対応に懐疑的かつ
やや批判的なニュアンスのお答えを投げ返しました。


おお。しかし、たしかに、それも一理。


が。


それではおさまらないMさんの心。
どこへ行けばいいの?Mさんの心。


傷心の果ての
駆け込み訴えで
「あなたも悪い」という
まさかの共犯判決をくらって
傷心のうえに反省という新しい荷物を背負って、
とぼとぼと家路につくことになるのか!?
なんたる無駄足。
心のキャパ、オーバー、確実。
危うく決壊。


わたしねえ、いつも思うんですけど、


「ねえ、聞いて!」と
グチりはじめる側のテンションと
聞きはじめる側のテンションに
あらかじめ大きな差があると


愚痴の内容にはさほど関係なく
共感してもらいにくい、の法則



がありますね。


これはたぶん、


訴えるときのテンションが「一方的」に高いゆえに、
その主張も「一方的」な印象を与えて
「どうだろうかね、あんたの、その主張」
と疑義をはさみたくなる。



のだと思うんですよねえ。


愚痴とか悪口とか、
そういったダーク系コミュニケーションは、
タイミングがいのちなんだ。
鉄は熱いうちに打て。
愚痴は温もってから言え。


MさんとRさんとわたしは、
「そこはわかる!」
「ああ、そこはどうだろか?」
「そんなこともあったのーーー」
「でも、その人もなんか、なあ!」と
ガーガーガーガー言っている間に
なんとなく場があたたまってきて
テンションも均一化され
「そんな人間関係、割り切っていいねん!」
「そうそう。別につながらんでもいいやん」という、
落ち着くべき着地点に落ち着くことができて、
大変、よかったです。


なんにせよ、
それぞれの人の「やむにやまれぬ思い」をのせて
「いまこのタイミング」に放たれてしまう言葉が
うまく相手の手のなかにおさまるなんて奇跡。
はずれたり、転がったり、はじき返されたりするのは、
仕方のないことなんですよねーー。


いい人ぶってるって思われてもいいや。
誰も悪くない。
ほとんどの場合、
タイミングが悪い。





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