肉親はすべて生きている限りわずらわしい、という真実と価値。


2~30代向けの「家仕事」に関するムック本には、
70歳前後の女性たちが登場して
「モノを厳選した暮らし方」を披露していました。
(お二人ともメガネ&白髪ショート&編集者)


若い女性読者にとっては、
母親かそれ以上の年の先輩女性たちが指南してくれる
「足ることを知って生まれる豊かな暮らし」。


モノがあふれている実家と比べ、
そこで段取り悪く暮らすグチの多い母親と比べ、
ため息をつく人もいるかもしれませんね。


わたしもそうだったけど
30代になると
「肉親のわずらわしさ」や
「『贈り物』という名の不用品のわずらわしさ」、
「日々の単調さと雑多さというわずらわしさ」を、
いやというほど痛感するようになりますもん。


だからこそ、
雑誌に紹介される「すっきりと美しい暮らし」は
憧れをかきたてるのです。


でも、わたしは、50代になったから、
もう大人だから、
そんなに簡単には
雑誌のなかの人には憧れないぞ。
ちょっとは憧れるけど、でも、
全面的には憧れないくらいに成長したよ。


なんでかな、
なんで憧れないのかな、
と考えたら理由がわかりました。


すべての肉親は、わずらわしい。


とわかったからです。


肉親はすべて
生きている限り、わずらわしい。



肉親だけじゃない。
他人の好意にも
日々の繰り返しにも
すべてに「わずらわしさ」が宿っている。


生きている間はつねに
わずらわしいのです!



死んだら、わずらわしくないよ。
そのどれとも、
もう、会えないし。
なにも言ってこないし。


自分とつきあうのだって
わずらわしいといえば、わずらわしい。


このわたしの怠惰さと勤勉さ、
他人の親愛と勝手さ、
日々の爽快さとかったるさ、
そういったものが混然と、
あるところには放置され、
あるところには積み重なり…。


そのままにしておけば雑然と無秩序になる日々を生きながら、
そのなかで力技のようにして
「快適さ」を成立させている住空間。
そういうのが好きだ。
現実と美意識のせめぎあいに
その人らしさを見て
「ああ。いいなあ!」と思う。
(住空間を見る妙味!)


生活という「雑多」を
今はやりの断捨離だけでなく
「なだめすかし」や「妥協」という方法も動員して
なんとかかろうじて「快適さ」のほうにもっていく。


その手腕を身につけて磨いて、
日々のあらゆる雑多をいつくしみ、なだめすかし、
細かいことに目くじら立てず、
しかし、譲らぬところは譲らず生きていきたい。


あ。だとすれば、
ムック本に登場しているお二人の女性は、
「出家している」とも考えられますね。
だから、厳しく美しい。





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