「いつも小ぎれいに」を妨げる犯人は、ムラ!


18歳から一人暮らしをしましたが、
本当に「ちゃんと生活する」ことのできない人間で
とっても苦労しました。


家は片づけられないし、
仕事には定時に行けない。
ほんとですよ。
遅刻&ズル休みの常習犯だったんですから。
30代の前半まで
「このままじゃ、わたし、ろくな死に方しないだろうな」と
本気で思ってましたもん。


ところが、いろいろあって
40歳でフリーのコピーライターになってから
53歳の今日までは、とりあえず
一度も遅刻せず、
締め切りにも遅れず
やってこれました。


これからどうなるかはわかんないけど、
いまのところ、変わったといえるでしょうね。
人間、変われるんだなあと思います。


家だって、
そりゃ、正真正銘のきれい好きに比べたら
きっと雑だし、
あちこちいいかげんでしょうが、
でも、まあ、それなりにちゃんとできるようになりました。


何事も「生まれつきできる」という人がいますね。
おしゃれなんかもそう。
自分が何を着るのかを
日々、不断に、考えるのが楽しい。
素材が好きで、服が好きで
好きな服を着ていない状態は耐えられない。
おしゃれをしている状態が、「自然」という人。


わたしは、
たまに「おしゃれ」について考えるのは好きだけど、
いつも「おしゃれ」について考えるのは好きじゃない。


ムラがあるから、
「いつも小ぎれい」は
自然な状態では難しいわけです。


そして、この「ムラ」が侮れないのです。


若いころの遅刻やズル休みのの犯人も、
この気分の「ムラ」でしたから。


なんであれ、「ムラ」は質を下げるんです。


「ムラ」を完全になくすことはできなくても
「ムラ」による変化の幅を少なくすることが
あらゆることの質をキープし、少しずつ高める。
(人間関係についても言えますね)


おしゃれに話を戻すと、
3種類にわかれると思います。


(1)おしゃれをすることが自然な人

(2)おしゃれをすることは自然ではないが、
 できるだけ「小ぎれい」にしておきたいと思う人

(3)おしゃれについて考えないことが自然な人



(1)と(3)は、
どちらがいいとか
悪いとかではまったくないです。
タイプの違いだから、そのままでいい。


「おしゃれ」と「無頓着」は
同じぐらいに魅力的でありえるし、
どちらかが勝っているなんてこと、ないです。


問題は、(2)です。
わたしのような人。
ボリュームゾーンともいえるでしょう。


これは、もう、
「ムラをなくすトレーニング」しかないんじゃないか、
と思います。


トレーニングを続けることで
習慣になって
何も考えないでも体が動くようになり、
苦にならなくなって
いつの間にか楽しみにすらなり、
「自然」になる。


年とともに
「飾る」「盛る」こと以上に
「メンテナンス」が重要になるため、
生まれつきの容姿やセンス、流行への感度などより


「毎日の習慣」=「ムラがないこと」が
差となって現れる!



まだ書きたいことはあるんですけど、
長くなっちゃったので
続きは次回に!





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家を出て「誰も見てないんからいいや」という心の声に、大発見!

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