「老いを嘆く会話」は、汎用性が高い万能薬だけに危険。


「髪を染めた」という話題から、


「もう、髪を染めるの面倒よねえ。
年をとるってつくづくイヤだ~」


という方面に話を展開するのか、


「ちょっと色変えた?
いつも、どういうふうにオーダーしてる?」



という方面に話題を展開するのか。


どちらも至極、自然な会話の入り口ですが、
それ以降の展開はまったく変わりますね。


なんで、こんなことを言うかというと、
美容院に行った翌日に
ふたりの人に会って
こんな感じのまったく違う会話になったからです。


もちろん、
どっちの展開もちっとも悪くないし、
どっちの会話も楽しいんですが、


前者の「老いを嘆く」系会話は
同世代の間では、非常に汎用性が高く、
使い勝手がよく、
誰も傷つかないし、
共感もしやすいので
常用・多用される傾向があります。
定番化しすぎる傾向がある。


会話のマンネリ化ですね。


いや、もちろん、


長い人生を経て
共通項の少なくなっていく人間同士が、
「老いを嘆く」という
究極の共通項を介して
つかの間の会話を楽しみ、
自分にも相手にもエールを贈るというのは、
コミュニケーションの知恵ですから、
それでいいんです。


が。


あまりにこの回路を常用すると
いつの間にか、大河になる。



すべての話題(支流)の水が、
「老いを嘆く」という本流に集まり、
滔々とした流れになり、
あらゆることをのみこんで
さらに大きな流れとなる。


嘆きっぱなしの会話、誕生。


生き生きとした活力は、
新陳代謝から生まれると思うのですが、
それは「からだ」だけじゃなくて
「会話」もそうなのかも。


面倒がらずに自分の頭で考えて
考えを固めず、ときには変えて…というのが
「会話」の新陳代謝には、
大事なのかなあと思いました。





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