社交辞令に陥らない、「引き受ける」と「断る」の線引き。


玄関の壁、塗りました。(経緯はこちらの記事)奥の梁も一面だけ塗ってみました。


北斎がちょっと小さすぎてミスマッチ?
でも、なんか、ちょっとお金持ちの家みたいになってませんか(笑)


genkan.jpg



それはそうと。


強く勧められたとき、「イエス」か「ノー」の判断基準。
にいただいたコメントの返事を書いていたとき、
思いついたことがあります。


それは、


「引き受ける」と「断る」の線引きが、
信頼を左右するんじゃないか、ということです。



というのも、先日、友だちが
かつての職場の先輩で、いまもお世話になっている方が入院するとき、
「なんでも言ってください!どんなことでもやります!」と言ったら、
「本当になんでも言って」きて困る、と
ものすごく腹立たしそうにグチをこぼしたからです。


友だちは、人当たりのいい情にもろい人なので
「どんなことでもやります!」と言ったときは、
驚きや同情や親切心が塊となって押し寄せたんだと思います。
目の前の、その人を励ますために
言わずにおれなかったんだと思う。
ある種のエールとしても。


ところが、いざ、頼まれはじめると
「頼み方」や「感謝の示し方」が少しずつ気に食わなくなってきて
負担にも感じるようになり、
「ここまでしないといけないのかな、このわたしが」となる。
よくあることだし、とてもよくわかります。


こういう事態を避けるために
「すべては社交辞令」として相互が真に受けない方法もあるんでしょうが、
でもなあ。それはなあ。あんまり幸せじゃない。
コミュニケーション全般に信がおけなくなって
利害関係を一つにする人だけ(身内など)しか信頼できなくなる。
いやだ、そんな人生。


で、冒頭の言葉になるんですよ。


「引き受ける」と「断る」の線引きが、
信頼を左右するんじゃないか。



とっさの判断で口にしないといけない「引き受ける」言葉に
どれだけの「実現性」をもたせるのか。
どこまで引き受けて
どこからは断るのか。


自分がやりたいことと
できることとできないこと、
相手にしてあげたいことと
相手を嫌いにならないために
断ること……。


そういうことを
自分のなかで
やっぱり、まじめに考えておきたいです。


断ることによって
「この人は信頼できる」と
感じさせることもありますもんね。




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