映画「さざなみ」に見る、老いた夫の幼児化と妻の苛立ち。


今日は、シャーロット・ランプリング主演の映画「さざなみ」をみてきました。


これから見る予定の人もいると思うので
内容は書きませんが、
映画の原題は、「45years」。
結婚45周年を迎えた夫婦の1週間が描かれています。


ストーリーと直接関係はしないのですが、
わたしがつくづく感じたのは、


老いた夫の幼児化と
それに対する妻の苛立ちです。



もちろん映画には、
過去の忘れられない出来事、
それにともなう感情の揺れ、
知らなかったいくつかの事実などが
細やかに描かれていますが、


ある程度の年齢差(映画は、妻が夫より約10歳若い)や
夫の介護が現実味を帯びはじめた時期などの条件を満たせば、
このような「出来事」がなくても
同じような時期に
同じような葛藤が
多くの夫婦に起こりうるんじゃないでしょうか。
いや、これらの条件を満たさなくても起こりうるか。


夫という「ひとりの大人」と向きあってきたはずなのに、
いま、目の前にいるのは、
無邪気さゆえか、鈍感さゆえか、厚かましさゆえか、
はばかることなく「あの日のままの過去」に耽溺する「ひとりの幼児」。
隠そうと思えば、隠しぬくこともできるのに
そうしようとしない、抑制しない幼児。


心奪われることへの臆面のなさ。
「臆面がない」というカタチで表現される
妻への甘え。


この幼児化には、自分が妻より
「弱者になろうとしている」という自覚も
無意識ながら働いているように見えます。
(庇護される側へのビミョーな位置移動)


夫婦は、というか、
長きにおよぶ人間関係は、なのかもしれませんが、
それぞれの育ちそこねたところ、
発散しそこねたところ、
解決せずにきたところなどが積み重なって、



いつのまにか「見知らぬ人格」になっている。
それを驚きとともに見つめる日がくる。



端的にいうと
わたしが結婚したの、こんな人だった!?
ってやつですね(笑)


大人になることも
大人のままでいることも、思ったよりずっと困難。


※前回の記事にはたくさんのコメント、ありがとうございます。
 ゆっくりとお返事を書きたいので、少しお時間ください。
 どの方のコメントも胸にしみました。感謝です。



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