幸せは、生きている間が賞味期限。自己満足も、生きているうちに。


プロではなくてフツーの人で
料理上手とされている人に
「いつから料理が上手なんですか」と尋ねたら
「いついつからです!」と、
はっきり答えられるんでしょうか。


パキッとはいえないんじゃないかなあ。
「そもそも、わたしって料理上手だろうか?」と
自問しちゃう人も多いかもしれません。
来客に手料理を出すたびに
毎回、ドキドキハラハラして
表情をじっーーーと観察しているとか。
全部食べてくれるかが気になって仕方ないとか。


「いつから、こうなった」って
そんなにはっきり言えないですねー。


なんでこんなことを言うかというと
うちの娘に「18年間、ごはんを食べさせてきた」
ということに、改めてびっくりしたからです。


料理に対して研究熱心なわけでもなく、
腕を上げるために特別な努力したわけでもなく
面倒くさいなあと思いつつ料理をしてきて18年!
(自炊をはじめてからなら30年超!)


あいかわらず料理の味は一定せぬままですが、
それでも娘の友だちは
よくうちでごはんを食べてきたから、
もしかしたら、わたしが死んだあと
「料理上手のおかあさんだったね!」ってことにならないとも限りません。
(二度と食べられない懐かしい味は、それだけで美味だから!)


いやあ、
「こんな親になろう」とも
「こんな親になれた」とも
「料理がうまくなりたい!」とも
「料理の腕が上がった!」とも思わず、
区切りも何もなく、18年。


なんとなく親になって
親をやりつづけていたら、
親業が終わりそうな時期を迎えてしまい、
「親だった」ってことになってるじゃないですか。


いやいやいやいや、傍から見たら、
まぎれもなく「親」だろうけど、
最初から親だったわけではないし(そりゃそうだ)
親としての特長や個性が、いったい、いつ芽生えたのかも
定かでなし。


そうかあ。
人生ってこういうことなんだなあ。


こんなふうに区切りなく、
こんなふうに決意や方針なく
毎日何事かを繰り返していくうちに
「こういう人生だったとさ。おしまい」ってことになるんだ。


不思議なことに、まだ一度もないけど、
娘の友だちがやってきて
「料理上手なおかあさん!」って言ってくれるようなことがあったら、
謙遜したり、卑下したりしないで
生まれつき料理上手みたいな顔して
余裕のほほえみで当然のごとく受けとめよう。


だって、自分が気づかないうちに
いつの間にか料理上手になってしまっているのかもしれないもん。
予期せぬところで。気づかぬままに。


それぐらい、いろんなことの境目って
ほんとあいまいだよ。


だからこそ自己満足は、生きているうちに。


人生の賞味期限は、生きてる間。




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