「もう若くないと感じる」が入場チケットになる豊かな関係。


長崎に住む姉は、コーラスサークルに入っています。
先日、そのサークルを指導する
80代の先生が病気をされたそうです。


お見舞いの電話をしたら、会話の最後に
「おたがい体には気をつけようね!」と
まるで同い年みたいな感じで言われたと
笑いながら言っていました。


笑いながら、とはいえ、
妹にわざわざその話をするんですから、
心のどこかで「いや、先生!わたしは、あなたよりずっと年下ですから!」と
思ったのかもしれません。
きっと思ったんでしょうね(笑)。


姉はわたしに13歳年上なので
いま、68歳。
あ。こうやって書いてみてわかりました。
ちょうど、姉と先生は、わたしと姉ぐらいの年の差なんだ。


この話を聞きながら、、
先生が姉に「同い年みたい」な感じでつい語りかけてしまう気持ちが
わかるなあって思ったんですよ。


もう、おたがい「若くない族」という同志感。


じゃないでしょうか、それは。
それが根底にあって
日ごろ、年の差をさほど意識しないでつきあえているから、
つい「同い年」みたいな口調になってしまう。


世の中は、「若者」と「老人」に分かれているんじゃない。
「若者」と「若くない人」に分かれているのだ。


箴言風に書いてみました。


「ああ、もう若くないなあ」と感じる年齢は、
人によって多少の違いはあるでしょうが、
「若くない」と感じることによって
思いをはせる世界が憂いを含みつつ広がり、
「話が通じる」「共感しあえる」人たちの年齢幅は、
ぐっーーーーと広がります。


10歳上や20歳上、
なんなら30歳上だって
フランクに語り合える。
もっというなら、故人とだって
心のなかで会話をかわすこともできます。


これってすばらしいことじゃないですか。


若さだけを求めていると
この豊かな幸福を逃すと思うなーー。


アメリカの詩人メイ・サートンもこんなことを言っていました。


「私たちは、ずっと年上に思えていた人々の同時代人になる」


だよねー。
年上に思えていた人々と同時代人になり、
年下に手を貸せる力のある時期。
それも決して永遠に続くわけじゃないから、
慈しまねば、ねば、ねば。








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