「ザ・孤独感」の正体。退屈の取り扱い方を極めたい。


ぽっかりと時間が空いて、
特に何もすることがなくて
昼寝なんかしようと横になった瞬間、
ザワザワと胸騒ぎのような心の声が聞こえます。


「こんなに何もしなくていいのか」という
自分を叱る声の場合もあるし、
「あああ。わたしゃ、このまま、こんな人生だよ」という
現在過去未来を憂うる声だってするし、
「これからどうなるんだろうか…?」と
将来の不安を数えあげる声もするし、
「なんとなく寂しいなあ。自分だけが取り残されているなあ」という
寂しがり屋の声もする。


そして、それが「ザ・孤独感」となって襲いかかる。


いやん、つらい。
苦手な時間!
つい老い先なんてものも考えてしまう!



退屈は、そんな心の声と向き合わせる
やっかいな存在ですなあ!!


最近、わたしは、
この「退屈」とのつきあい方をなんとかしたいと思うようになりました。


いや、「こんなつきあい方をする!」と決めたわけじゃないんですけどね。
退屈したくないから用事で埋める、でもなく、
退屈をまるごと惰眠に変える、でもなく、
「ああ、いま、ちょっと退屈しているな。
ということは、これから心の声が押し寄せるな。
ふむふむ。そういう時間だな」と意識するだけでも、
かなり違うんじゃないか!?と思うのです。


孤独、なのではなくて
孤独な気分になりがちな「退屈状態」なのだととらえてみるとか、
そういうこと。


「人生フルーツ」のつばた夫妻の本には、
おふたりのどちらもが、


「深い退屈のうちに
われわれは最もよくわれわれの生活を味わう。」



という一節を引用しています。
きっと二人とも好んで口にしてこられたんでしょうね。


示唆に富んだ魅力的な言葉だなあーーと思います。


退屈をまぎらわそうとやっきになるのでなく、
退屈はつらいと孤独感に沈み込むのでなく、
退屈していると自覚しながら、
淡々と日常を営み、
眼前にあるものの変化を仔細に見つめるとでもいいましょうか!?


できるかどうかはわからないが
試みてみる価値はありそうだ!


あとね。
ふとした時間に押し寄せる
心の声に無制限に耳を傾けない、というのも大事ですね。


あれってマイナス思考が端的に表れれがちだし、
一種の習慣ともいえるから。
毎回、ほぼ同じ声が聞こえるし。


そんなこんなで明日は土曜日(もう、ほとんど今日)。
退屈な時間を過ごせる人は、
逃げず、焦らず、じっくりと浸って
生活を深く味わってくださいねーー。


今日見てきた映画「パターソン」も退屈のなかに詩が生まれる映画とも言えます。(リンク先、音が出ます)



津端夫妻を深く知るならこれ↓


最近、読みました。





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