ヘアカラーと密接な関係に?容姿の「瓦解周期」


多地点会議システムっていうんですかね。
東京と大阪を結ぶ会議に出たんです。
大きな画面にこちら側もあちら側も映っていて
声が聞こえるっていうやつ。


「うん?あそこに座っている、
気骨のありそうなおばちゃん、だれかな?
もたいまさこさんの顔をちょっと長くしたような
あのおばちゃんは…?」


と思ったら、わたしでした。


黒い服に紺色のストールをグルグル巻いていたのですが、
●髪の毛を小さくまとめる
●メガネをかける
●布をグルグルにまく
この3つがそろうと、
「そこらへんのおばちゃん」が
「気骨のあるおばちゃん」
「もろもろに一家言あるおばちゃん」になりますな。


それでいいのかな。
そっちにいきたいのかな。わたし。


まあ、それはそれとして、


ちょうどヘアカラーをしてから
2週間ちょっと。


髪の生え際を中心に
「容姿の瓦解」がはじまる時期です。



鏡のなかの「おばさん」が
一気に「おばあさん」になる時期といってもいい。


「あれ?あれ?数日前までは、
もうちょっとマシだったよ!」って思うヤツです。


しかし、あれは、
自分だけがそう思っているのかな。
みんながそう感じるのかな。
ヘアカラーしていると
「あ、白髪、出てる」ってなるから、
まわりもわかるのかな。


若いころは、
鏡のなかに「自分の容姿」を見て一喜一憂していたけど、
年とともに「自分の老い」を見つけることが増えますね。


日々、「老い」を見つめたり、見つけたりしているから、
「年齢なんて気にしない」と言ってみても、
こころのどこかで意識しつづける、
こころのどこかで老いを憂うってことになるんですかね。


若さも老いも自然なものだけど
老いは、長い時間、意識しながらいっしょに歩むものなのだなあ。
上手に友だちにならねばなあ。





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小さい恥を重ねて 細かく軌道修正して、幸せのほうに歩いていく。


何となく気乗りしないで
後回しにしてしまうことがあります。
やろうとするけど億劫。
手をつけなければ気になる。
そういうわけで気が重い。


こういうとき、わたしなんか根がまじめだから、
「怠けグセが出たよ」とすぐ思っちゃいますね。


「いつもの怠けグセだよ」と思って
架空の「なんでも手早くこなせる優秀な人」を思い描いて
勝手に自分と比較して
劣等感を感じてしまう。


先日も、そういうことがありましたが、
夜中にようやく手をつけて
一応、カタチにしました。


そして翌朝、駅のホームを歩いているとき
はたと「あ!あの方法じゃダメだな」と思いつきました。
「こっちのほうがいいんじゃないかな。そういうことかあ。
なるほど、それで気乗りしなかったんだなあ」と腑に落ちたのです。


その件は、もう完成させて相手に送ってしまっていたので
手遅れといえば、手遅れなんですが、


何となく気乗りしないながらも手をつけて、
いったん、軽く失敗したからわかった


のであって


何もしなかったら、「怠けグセの箱」に入れたまま


でした。


「気乗りしないこと」には、
気乗りしない理由がある。
でも手をつけないままだと
それが何かがわからない。


手を動かしてみて
軽く失敗して
間違いに気づいて
軌道修正する。


起動修正した道が正解とは限りませんが、
少しだけ視点が変わったり、視野が広がったりする。
その都度、立ち直れないほど落ち込まない
「失敗耐性」も大事だなあ!と思います。


人の道から、はずれていなければ、
「人生の恥はかきすて」。
みんな、そんなに覚えてないし、
わたしに興味もないからね。


これからも小さい恥を重ねて
そのたびに細かく軌道修正して
幸せのほうに歩いていきたいなあと思います。





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松重豊氏の白髪に思う。「老いの印」の上手な入れ方。


昨日、「しゃべくり007」を見ていたら
「アウトレイジ最終章」の北野武監督&出演者のみなさんが出演していました。


みんなかっこよかったけど、
松重豊さんが特にかっこよかった。
白髪になっていてかっこよかった。
ボストンメガネがこれまた似合っていた。
こちらでいまは画像が見れます。



「老いの印」を上手に入れると
グンと洗練されるなあ。
若々しさも出るなあ。



と改めて思いました。


老いの印の入れ方、
本腰を入れて研究したい。


全身、アンチエイジング。
全身、ツルツルにキレイ。
全身、どこを探しても「老いの印」なし。
完ぺきに消している。


という感じの美は、
「すごいなあ」と思うと同時に
見ていて、なぜかちょっと居心地が悪い。
ビミョーな緊張を強いられる。


「うん。きれいだ。確かにきれいだ。
しかし、このアンチエイジング技術の粋を凝らし、
美に執着し、老いに徹底抗戦する生き方を
わたしはどう受け止めるのか。
いや、それはそれですばらしいのだろう。
その証拠にわたしと並んでごらん。
その差たるやすごいよ。
しかし、しかし、『美の追求姿勢』にばかり意識が向かって
気が散って、歌や演技やトークに集中できない!疲れる!」


・・・って感じになりがちです。


「老いの印」を入れることは、
そんな葛藤を相手に強いず、
ゆったりした気持ちにさせることでもあるんだなあ。


ハリツヤも大事ですが、
ここは発想を変えて


「ハリ」と「崩れ」、
「ツヤ」と「くすみ」を共存させ、
意識的に配合する。



というのがいいのではないだろうか。
なし崩しでなく、
意図的な配合ですよ。


「具体的にどうするんだ!?」て尋ねられると
答えに窮するけれども、
意識するだけで、ちったあ変わってくるんじゃないだろうか。
「ちゃんと老いの印、入ってる?」って
鏡のなかの自分に聞いてみるとか。そういうの。





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日々の労働と孤独がつくりだす、静かな老いの佇まい。


最近、高齢者と呼ばれる年代の人を見る目が少し変わってきました。


たぶん、自分自身を生きやすくするために
「自分自身のものの見方」を変えようとしているんでしょうね。
生きやすくなるためには、
自分の「ものの見方を変えること」が一番近道だと
わかってきたからだと思います。


少し前のことです。
70代後半と思われる女性が、
電車の横並びの座席に
バッグを膝に乗せて軽く目を閉じ、
右手に杖を握って座っていました。
ぐっと寒くなった日で
頭にはフェルトの黒い帽子。
服装は、堅実で着古した感じの
グレーのズボンと同じくくすんだ色の上着、
そして呉服店の店先に吊るされているような
微妙に装飾的なジャケット。


午後8時を過ぎた電車は、
まだ立っている人も多く、
そのほとんどが仕事帰りです。


ショッピングバッグなどを持っていないことや、
周囲になじんだ日常的な表情から、
どんな仕事かはわからないけれど、
この女性も仕事帰りなのではないかと思いながら
わたしは、その、すぐ近くに立っていました。


帰る家に、家族はいるのかな。
いないかもしれないな。
鍵を開けたら、しばらく締め切っていた部屋の匂いがして、
暗いなかでじっと呼吸をしていたように湿り気を帯びた
見慣れた空間が広がる。
その瞬間、少しだけ心が揺れるかな。
部屋は、ほどよく片付いていそうだな。
バッグを置いて、
しばらくぐったりと座るのだろうか。
腰を下ろすこともなく
洗濯ものを取り込むのかな。


そんな「ひとりの時間」を想像して
勝手にシンパシーを感じました。


その人の、一見何の主張もない佇まいに


日常的な労働と孤独が
自然なものとして受け止められて存在している



ことを感じたからです。


満員電車の座席で
力まない程度に背筋を伸ばすというかたちで。


それが簡単にできることではないとわかる程度には、
わたしも大人になりました。


わたしは、あんなふうに
年を重ねられるかなあ。
自信、ないなあ。
ないけど、なれたらいいなあ。


踏み出す足に力を入れ、
ちょっと弾みをつけて
電車を降りました。





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本当に母親は、帰省した「子ども」の世話を焼きたいのか。


故郷から二泊三日で戻ってきた夫が
「おふくろに朝のみそ汁だけ作ってって頼んだ。
それぐらいは息子に頼まれるほうがうれしいやろ?」
と朝のコーヒーを飲みながら
ニコニコして言いました。


夫のおかあさんは、85歳。
仕事の都合とはいえ、
実家に今までより頻繁に顔を出せるようになったのは、
本当によかったなあと思います。


でも、「それぐらい頼まれるほうがうれしい」だろうか??
ごめん。その無邪気で子どもらしい理解、
常々、ちょっと疑問なんだ。わたしは。


世の中には昔から、
「何もしないと老人はボケる」ため、
「家族が何か仕事を作ってあげるべきだ」運動があり、
その前提に
「子どもに何かしてあげることは
いくつになっても親のよろこび」信仰が
根強くあると思うのですが、


ほんとにそうかな??


相手は、おじさんだぞ。
わたしの母は亡くなったけど、
その場合、相手(わたし)はおばさんだぞ。
何かしてあげたいか?そんなにも。大の大人に。
見た目も何もかも保護欲をかきたてないというのに。


わたしの娘は自宅通学の大学生ですが、
海外にひと月ほど行くと、
はじめのうちこそ、「ちょっと寂しいな」と思うものの
次第に夫婦ふたりのペースに慣れ、
「これでオーケーだな」的な感じになり、
ふと気づくと、
夫も伸び伸びと解放感を感じているような気さえして
「あれ?娘に気をつかっていたのか?」と思うほどです。


まだ独り立ちしていない娘。
しかも、たかだかひと月程度で
「娘なしの日常に慣れる」のだから、
それが、10年なら??
20年なら??
30年なら??
何度もいうけど
相手は十分すぎるほどの大人だぞ。


ニコニコして語る夫には申し訳ないが、
「うれしいかなあ。うれしい、までいくかなあ。
自分以外の人の世話をするって
基本、面倒くさいことだからなあ。
それって『子ども』の幻想って面もあるよ」


と言いました。


もちろん、久しぶりに帰る大人になった子どもに
腕を奮ってごちそうを作ることもあるでしょう。
「おふくろの味!」とほめられる料理を作って
「おいしい!」という言葉に
心底、よろこびを感じることもあるでしょう。


しかし、


自分以外の人間の世話をすることは、
いつだって面倒くさいことなのだ。

(かわいい盛りの子育て期だってあれだけ面倒くさいのだから!)


わたしの母は、晩年、
「いつが一番楽しかった?」という問いに、
「おとうさんとふたりになってから」と答え、
週に一度帰ってくる姉に
「そげん帰ってこんでよか!
自分の生活ば、充実させなさい!」と言っていましたが、
そこに込められた重層的な意味が
いまとなってはよくわかる。


面倒くささから解放されていたんだなー。


家事をあまりしたことがないと、
「家事を繰り返す」ためには、
「毎度毎度、面倒くささを制圧するそれなりの意志力」が
必要なことがわからず、
「母親が張り切って、大喜びで料理をしてくれた」なんて
無邪気に言っちゃうもんです。


それはそれでお互いに幸せなのかもしれないが、
でも繰り返す。


自分以外の人間の世話をすることは、
基本、面倒くさいのだ。



そこは抑えておきたいと思う。
手間をかける暮らしに憧れるのも、
その前提があるからこそですよ。





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ビミョーな反発と社交辞令が潤滑油…姉妹という関係。


このブログにもしばしば登場する姉ちゃんは、
ただいま、友だちとヨーロッパ旅行中。
(姉はひと回り年上。長崎在住。シングルです)


さきほど、旅先からLINEで
全身ユニクロでキメた写真を送ってきてくれました。


日々、サークル活動にボランティアにと
元気に暮らしていて妹としては
これ以上うれしいことはありません。


退職して長崎に戻るとき、
「おかあさんが死んだら、自分ひとり。
生きていけるかな」なんて言っていたのに
実際には、元気ハツラツ。
偉いもんです。


「休みの日は、さびしい」
「ケアハウスに入ろうと思う」
「将来を考えると不安」
「便秘で苦しい。悪い病気かも」
「この孤独感は、あんたにはわからん」


…と年がら年中、
心配や不安や自分の身の上に関する嘆きを
ああでもない、こうでもないと口にしていますが
それが、強さの秘密かもしれません。
弱音を吐きだし、悩みを言葉にして、
あの人とも、この人とも
心配事をおしゃべりし、うなずきあって
生きるエネルギーに変えているというか。


「今度、旅行に行くTさんのほうが
この前、いっしょにいったAさんより
楽しくて、よか人!」


…とわざわざ必要もないのに
かつていっしょに旅行したAさんを持ち出してディスる、という
非常に人間くさい「自分にとって都合のいい友だちランク付け」と
「陰口好き」をいかんなく発揮し、
冷蔵庫以外のプラグを抜き、
お土産を現地で買わないでいいように
カタログで大量注文して
威風堂々と出発しました。
(見ていないけど)


「もし、何かあったら、
あそこの下のあそこの奥のあそこのあそこに
鍵ば、置いとるけん、
通帳は、その鍵で開けたあそこのあの下の
あそこやけんね!」


と自分以外、だれもいない家なのに
よからぬことをたくらむ人が
聞き耳を立てているかもしれないと警戒し、
ひそひそ声で複雑すぎる通帳一式の隠し場所を
電話で教えてくれました。
(旅行のたびに執り行われる儀式です)


もう、ほんとに姉ちゃん、いちいち、面白いなー。


しかし、「友だちランク付け」と「陰口好き」を
ここでこっそりディスってやろうと思って書きはじめましたが、
姉の人間くさいあれこれを書いていたら、
なんだか、愛しくなってきましたよ。


帰国するまで約10日。
テキトー感とケチ心が見事にまじりあった
「もらっても、いまいちうれしくないお土産」に
「ありがとう!気に入った!」とわたしが言い、
「よかったやろ。軽くて、小さいお土産!ああいうのが一番!」と姉が言うまでが
わたしたち姉妹の旅物語。


反発をスパイスに
ビミョーな社交辞令を潤滑油にした愛情関係。



それが姉妹なのだなー。
姉ちゃん、思う存分、旅を楽しんでくれ。





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ウェブマガジン「どうする?Over40」、ほぼ毎日更新しています。今回はわたしが陸奥A子に影響を受けたJK時代について語っています→第11回:マンガに見るフェミニズム

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侮るなかれ!分配の不平等から生まれる「ちぇっ」という恨み。


いつも長いが、その日の会議は
いつにも増して長かったのです。
空調のせいか空気が乾燥し、
それぞれのカップやペットボトルも、
そろそろ空。


そこへ女性幹部が現れました。
「さあさあ、疲れたでしょう!」とほがらかに言う手には、
りんごの盛られた2つの皿!


「こっちがシナノスイーツ、
こっちが王林!ちょっと息抜きして」
と言いながらコの字型の机の端に
トンと置いて軽やかに去っていきました。


女神、降臨。


このときほど、りんごが輝いて見えたことは、
半世紀を超えるわが人生でもなかったな。


「さあさあ、みんな食べよう」という弾んだ声。
次から次に回される2枚の皿。
待てないとばかり席をたち、自らとりに行く人。


ユキちゃんとわたしの方面にも
待望のりんごの皿がやってこようとしています。
どっちがシナノスイーツで
どっちが王林かは、もはやわかんないけど、
そんなことはもういい。


みんなが口々に「おいしい!」と言っているではありませんか。
早く来い、りんご、来い。


が…。


ユキちゃんは、別の企業からの出向社員。
わたしは、フリーの外部スタッフ。


いざ、皿がまわってきたとき、
ユキちゃんが期待とともに
かすかに息を吸い込んだのに、
わたしは、ぐっと身をのりだしている
隣の男性社員に先にまわしてしまったのです。


ごめん、ユキちゃん。
でもすぐに戻ってくるよ。


ユキちゃんは、30代半ば。
けなげでかわいくて一生懸命なユキちゃん。


しばらくして、もうひとつの皿が回ってきました。
さあ、ユキちゃん、今だ。
そのときです。
後ろから「ああ、きた、きた」というダミ声が。
さっき、二つ三つと立て続けに食べて
「うまい、うまい」と言っていたカスガさん(50代男性、外部スタッフ!)が
身をのりだし、すでに手にしていた爪楊枝で
りんごを刺しているではありませんか。


ふたつしかなかったリンゴ、消える。


うんもうーーーっ!


こうしてはいられぬと、
さきほど隣に回したりんごを目で探すと
会議机の端に放置されているではありませんか。
そこにも2個だけ!
しかも、向かい側の席から狙われている!


ユキちゃんのためにもなんとかせねば。


「すみません!りんご、ちょっと回していただいていいですか」


・・・と、


「この言い方では、わたしたちは一つも食べていない!」ことは伝わらないだろうな、
でも「食べていないので!」というのもなんだかな、
だれか「あ。おふたり、食べていないのでは?」って言ってくれないかな??
なんて一瞬の間にあれこれ思いながら、
切迫しつつも遠慮がちに(ヘコヘコともいう)頼み、
間一髪でセーフ。
ユキちゃんと最後のりんごを食べました。
おいしかったよー。


なにが言いたいかというと、


日ごろは配慮に満ちた場でも
ワ~!!となると
平等にはいきわたらないということです。



たかが会議。たかがりんごで、これ。
もっと空腹やってみ??
もっと群衆やってみ?


そして「いきわたらなかった人」は
このときの状況を鮮明に覚えているけど、
「いきわたった人」は
何も意識していないということ。
記憶の格差。


密かに「ちぇっ」が生まれる構造。



女神は、降臨するだけでなく
平等な分配まで見届けてほしかったな。
なんなら指揮命令・監視してくれてもよかったな。


わたしが女神のときは、そうしよう。
そしてカスガの野郎(もといカスガさん)の暴走を許さないんだ。


いま思うと、あのとき、「りんごなんていつでも食べられる」って
クールに構えていられなかったわたしも、
「われ先に族」のひとりでしたな。
いやしかし、全体をみわたす落ち着き、大事ねー。
だれかひとり、不平等に気づく人がいると
「ちぇっ」は回避される。


大きな恨みも、「ちぇっ」の蓄積なんだろうな。





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tomiさんの本はこちらです。


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過去が、 ざっくりとした「昔」という大きな塊に姿を変える衝撃。


この感じがうまく伝わるかどうか自信がないのですが、
ちょっと書いてみますね。


仕事中、環境問題に関する話題となり、
次第にかつての日本の公害の話になりました。


「うんうん」とうなずきながら聞いていたら、
「年齢的にも、よくご存じでしょう!
当時は、どんな感じだったんですか。
大騒ぎだったでしょう!」と不意に話をふられました。


そう尋ねたのは、50歳ぐらいの男性。
そのほかは、20代から30代の面々。
若い人たちは、時代の証言を待つように
わたしをじっと見つめています。


「そうですね。日本各地に公害による深刻な健康被害がありましたね」


と思慮深げに重々しく言いましたが、
頭の中では、どうだったかな??
わたし、そんなによく知っているかな??
たしかに覚えてはいるけれど、
「よくご存知」といえるほど知っているかな、
と正直、不安だったのです。
石牟礼道子氏の著作に触れるなどしたのは、
大人になってからのことです。


家に帰って調べたら、
工場排水などによる環境破壊が生んだ主な病気は、
1940年代から発見されはじめ、
50年代から70代前半に大きな被害を出していました。


わたしが生まれる前から、
10歳前後ぐらいまでのことです。


なるほどそうか。
たしかに知っているけれど
幼いときではあったのだな。


事件の衝撃について
周囲の人とああでもない、こうでもない、と語り合うような
そんな年齢ではなかったのだ。


しかし…。


この、「過去の時代に対する厳密な線引き」は、
わたしが「その時代を生きていた」から、
「その事件は幼すぎてわからない」とか
「それはよく知っている!」などと
微妙なところにまでこだわるのであって
10代や20代の人にしてみれば、
すべてが「生まれる前こと=昔」なのです。


そうなのですよ。


このようにして明確に区分された過去が、
ざっくりとした「昔」という大きな塊に
姿を変えてしまうのです!



60年代の色合い、
70年代の質感、
80年代の空気、
90年代の変化…。


わたしにとっては明らかに記憶の濃淡があり、
当事者感覚にも大きな違いのある
あのころ、あの時代のリアルさが、
「ざっくりとした昔という塊」になる!
ウギャー!


さらに。


その動きに自分自身が異を唱えなくなる傾向も
場合によりますが、ある気がするのです。


「いやあ、そこまで年じゃないですよ」とか
「それは知らないですよ。まだ、子どもだったから」という
細かい違和感の表明が求められていないことを察知すると
あいまいな答えで知っていることを否定しない傾向。


あああ。


こうやって「ざっくりとした昔という塊」の担い手に
なるのかしら。



・・・というお話でした。
言いたいこと、伝わりましたかね?




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