本当に母親は、帰省した「子ども」の世話を焼きたいのか。


故郷から二泊三日で戻ってきた夫が
「おふくろに朝のみそ汁だけ作ってって頼んだ。
それぐらいは息子に頼まれるほうがうれしいやろ?」
と朝のコーヒーを飲みながら
ニコニコして言いました。


夫のおかあさんは、85歳。
仕事の都合とはいえ、
実家に今までより頻繁に顔を出せるようになったのは、
本当によかったなあと思います。


でも、「それぐらい頼まれるほうがうれしい」だろうか??
ごめん。その無邪気で子どもらしい理解、
常々、ちょっと疑問なんだ。わたしは。


世の中には昔から、
「何もしないと老人はボケる」ため、
「家族が何か仕事を作ってあげるべきだ」運動があり、
その前提に
「子どもに何かしてあげることは
いくつになっても親のよろこび」信仰が
根強くあると思うのですが、


ほんとにそうかな??


相手は、おじさんだぞ。
わたしの母は亡くなったけど、
その場合、相手(わたし)はおばさんだぞ。
何かしてあげたいか?そんなにも。大の大人に。
見た目も何もかも保護欲をかきたてないというのに。


わたしの娘は自宅通学の大学生ですが、
海外にひと月ほど行くと、
はじめのうちこそ、「ちょっと寂しいな」と思うものの
次第に夫婦ふたりのペースに慣れ、
「これでオーケーだな」的な感じになり、
ふと気づくと、
夫も伸び伸びと解放感を感じているような気さえして
「あれ?娘に気をつかっていたのか?」と思うほどです。


まだ独り立ちしていない娘。
しかも、たかだかひと月程度で
「娘なしの日常に慣れる」のだから、
それが、10年なら??
20年なら??
30年なら??
何度もいうけど
相手は十分すぎるほどの大人だぞ。


ニコニコして語る夫には申し訳ないが、
「うれしいかなあ。うれしい、までいくかなあ。
自分以外の人の世話をするって
基本、面倒くさいことだからなあ。
それって『子ども』の幻想って面もあるよ」


と言いました。


もちろん、久しぶりに帰る大人になった子どもに
腕を奮ってごちそうを作ることもあるでしょう。
「おふくろの味!」とほめられる料理を作って
「おいしい!」という言葉に
心底、よろこびを感じることもあるでしょう。


しかし、


自分以外の人間の世話をすることは、
いつだって面倒くさいことなのだ。

(かわいい盛りの子育て期だってあれだけ面倒くさいのだから!)


わたしの母は、晩年、
「いつが一番楽しかった?」という問いに、
「おとうさんとふたりになってから」と答え、
週に一度帰ってくる姉に
「そげん帰ってこんでよか!
自分の生活ば、充実させなさい!」と言っていましたが、
そこに込められた重層的な意味が
いまとなってはよくわかる。


面倒くささから解放されていたんだなー。


家事をあまりしたことがないと、
「家事を繰り返す」ためには、
「毎度毎度、面倒くささを制圧するそれなりの意志力」が
必要なことがわからず、
「母親が張り切って、大喜びで料理をしてくれた」なんて
無邪気に言っちゃうもんです。


それはそれでお互いに幸せなのかもしれないが、
でも繰り返す。


自分以外の人間の世話をすることは、
基本、面倒くさいのだ。



そこは抑えておきたいと思う。
手間をかける暮らしに憧れるのも、
その前提があるからこそですよ。





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