だれだってツケを払う。選ばなかった人生を慈しむみたいに。


広告会社のSさんは、
久しぶりに会うと「娘さん、元気ですか」といつも聞きます。
彼の娘さんがわたしの娘の大学の先輩ということもあり、
親しみを感じてくれているのでしょう。


「ワーホリ、行くみたいです」
「おお。いいじゃないですか」
「いいですかね。Sさんの娘さんは?」
「絶賛ニートしてます。昼間、肉体労働して、夜はずっと書いてます 」
「そうですか」


……沈黙


「小説ですか」
「そうです。変わってますよね。女の子で工事のバイトしまくって」
「夜は没頭ですか。すごいな。迫力あるなあ」
「いやあ。なんもいいことないですよ」


……沈黙


「社会に適応するって時間かかるじゃないですか。
20代全部を使うぐらいでいいと思うんです。
大変だけど、そこで苦しんで
自分なりの適応できる場所や方法を見つけたほうが、
後々、楽だと思うんですよね」とわたし。
自分を肯定したいから、
会ったこともない娘さんの没頭する夜を
肯定していると伝えたくて言葉を費やします。


……沈黙



「でも、何も考えず
スムーズに幸せをつかむ人いるじゃないですか。
なんで、うちの娘は、そうならへんのかな(笑)」


……沈黙


「いますかね。
考えないで済んでる人。
ほんとにいますかね」


そこで取材対象の学生さんが来て話は終わりました。


学校から企業へ。結婚へ。
スーッとあまり悩むことなく、
苦しむことなく摩擦も抵抗もなく進む人が
実際にいるとしても、
人生のどこかで考えるのではないか。


もし、あまり考えてこなかったのなら、
考えなかったツケを、
どこかの段階で何らかのかたちで、
もしかしたら他人にはわからない
心中の葛藤や空虚として払うのではないか。


目の前の清楚な女子学生は、
「企業の総務に一般職として就職します。
細かい仕事が好きだから」と微笑みを絶やさず話してくれました。


この女子学生が考えていること、いないこと。
うちの娘の考えていること、いないこと。
Sさんの娘さんが考えていること、いないこと。



将来への「安易な読み」や
「考えずに済ませてしまうこと」は、
だれのなかにもまだらに存在している。
目の前の若者にも、わが子という若者にも。




わたしたちだって、そうだったよなあ!と
同窓生のあの顔、この顔を思い浮かべて思いました。
ツケ、はらってるぞ。だれもかれも。


大人は、みんな
考えなかったツケを
心のどこかでずっと払い続けているんじゃないかな。
もちろん、わたしも。たぶん、あなたも。


「そういうもんなんですよ!」と
Sさんに話しかけるようなつもりで勢いをつけて、
京都のまちを帰路についたのでした。


どんな生き方をしても
ツケは払うんだよ。
選ばなかった人生を想う、というかたちで。





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