「心配」は自分のためのもの。過度な心配は事態を悪化させるのみ。



犬を飼ったことのある人はわかると思いますが、
犬は飼い主の精神的な動揺を見抜きますね。


きっと、「そこで生きていくしかない」ゆえに
わたしたちの想像以上に飼い主を見つめ、
自分が生き延びる道を模索しているんだと思います。


思えば、うちのスーもわずか2カ月で
見知らぬ「巨人たち」が住む家にやってきて
ゆっくりしたいときに「かわいいー」と言われ、
遊んでほしいときには、「痛い!NO!」とすげなくされ、
気持ちよくオシッコをすれば、「ああ!そこで!」と舌打ちされ、
後追いしてすがりつけば「ノー!」と言われ
その苦労や、いかばかりか!!


小さな体で適応への努力をしつづけているのに
さらにその上に「お座り」「待て」。


いや、お前こそ、待て。
ちょっとそこに座れ>わたし



スーが、あまりにべったりくっついて後追いするので
「留守番ができないのではないか!」
という心配にかられましたが、
こういう「心配」は、何ごとにおいてもよい結果を生まないのでした。


「心配」は相手のためでなく
自分のためにするものだからです。



心配をかかえるつらさに耐えきれず
その一刻も早い解消を相手に強要するので
強要されたほうは過度なプレッシャーを感じ、
混乱してしまうか、表面的な服従を示すのです。
(人間の子どもも。大人だってそうです)


ふと、反省し、
しばらくは家族3人で外出時間を調整しよう。
できるだけだれかが家にいることにすればいいと
思いなおしました。
そうやって、少しずつ少しずつ状態を見ればいい。
まずは、犬に安心してもらうこと。
心の底から信頼してもらうこと。
ここにいれば、幸せだと感じてもらうこと。
そんなこと、わずか数週間でできるわけがなかろう。
生きものを侮っちゃいけない。


わたしたち人間とスーという犬が
ともに生きていくためのルールを
お互いが、ときに相手を尊重し、
ときに妥協して
じっくりと見つけていこう。


そんなふうに気持ちを落ち着かせたら、
スーも不思議なほどスーッと落ち着いてきました。


犬にしつけが必要ならば、
もっとも効果的なしつけは、
こちら側の「落ち着き」なんじゃなかろうか、
(これ、人間にもいえませんかね)


そういうわけで二度目の犬育てでも
新たに発見すること、反省することばかりです。
これからも試行錯誤するでしょうが、
犬という生き物にちゃんと敬意を払って
ちゃんと見つめ、耳を傾けて
お互いの幸せのために
ゆっくりと落ち着いてやっていこうと思います。





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