自己実現だけが「夢」じゃない。空想や逃避も「夢」だ。



同業・同世代の女性は、
長距離バスに座ってゆられながら、
「いまは、与えられたことを書いているけど
いつかはドラマの脚本が書きたい。
子どもが大学を卒業したら、シナリオ学校に行こうかと思う」
と話してくれました。


彼女の子どもは、今、高校生だから
あと5、6年後か。
「いますぐ書くっていうのはどう?」と言ったら
「自分ではなかなかやる気にならないから、
学校に行こうと思う」とのこと。


こういう話を聞くと
わたしは心のなかで
「今やらないことは、先にもできないよ。
せめて準備はしないと」と思ってしまい、
このときも、口には出さなかったものの
そんなふうに考えながら
バスに揺られていましたが、次第に


実現しないかもしれない
実行に移さないかもしれない「夢」を
口に出しつづけるのは
そんなに悪いか?



と自分の考え方に対する疑問がわきました。



わたしの隣に座る同業・同世代の女性が、
膝に乗せた大きくふくらんだ合皮のバッグを
ギュッと抱えこむようにして握りしめ、
その手を開いたり、閉じたりしながら
照れ笑いをしながら話す様子は、
初々しく映りました。


彼女がいつも急ぎ足で
どこか活力にあふれているのは、
この「今はやらないけど、いつかはやるかもしれない夢」を
信じているからじゃないか。


と思ったのです。


もしも、わたしの意地悪な予想どおり
実現することがなかったにしても
「いつか、こうしたい」と夢を見ることが
その人自身を慰める逃げ場になったり、
明日を生きるエネルギーになるならば、
それでいいじゃないか。
それは、現実と折り合いをつける知恵でもある。


90歳や100歳になって
「ドラマの脚本を書きたいの」と言っていたら
老婆に少女が降臨したような甘い響きがあり、
むしろ、素敵だぞ。


「やりたいことがあるなら、できることからやろう」
「自分にできることだけを口に出そう」と努めることが、
人間として成熟しているような気がしていましたが、
そんなこともないかもしれません。
むしろ「夢」を「自己実現」と同一化する
つまんなくて狭い考え方かも。



夢、という言葉には、
空想、という意味もあるのだから、
夢見がちでいいじゃん。




空想して、うっとりして、やれそうな気がして
つかのまやる気になって
「いついつからはじめよう!」と思って
それでいいよ。


そもそもお前(わたしのこと)も、
そんな冷めた態度で話を聞かず、
「こんな脚本がいいよねえ」とか
「こんなドラマ見たいねえ」とか
夢を夢のままに広げて楽しむ会話ができなかったものか!?
つまんねえやつだよ。


夢を語る老人は希少種。
繰り言を語り続つづける老女の何倍も魅力的だ。
たとえ、何も書かないまま死んでも。





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