「いっしょに歩く時間」(比喩でなく)を大事にする、と決めている。


夫が倒れてから
ほかのだれかと(犬のスーとも)
「いっしょにいられる時間の有限性」を
つねに意識しながら過ごすようになりました。


一昨年の9月1日、
スーの散歩から帰ったら
夫が倒れていて
そこから意識が戻らないままという
別れの覚悟も挨拶もすることなく、
突然、時間が断ち切られ、
崖に宙づりになって
ぶら下がっているような状況にいることが、
大きく影響しているとは思います。


その「有限性」を強く意識するのはいつか、
なんですが、
「歩いているとき」なのです。これが。


娘と歩いているとき、
スーと歩いているとき
友人と歩いているとき、
一人で歩いているとき。


タイトルからの連想のようになってしまいますが
是枝監督の映画「歩いても歩いても」が好きで
何度も見ているんですけど
繰り返し思い出すのは、
原田芳雄と樹木希林演じる夫婦が、
息子たちを送って家まで歩く場面。
その息子親子(阿部寛と夏川結衣)が
墓参りを終えて坂道を歩く場面。


特に原田芳雄と樹木希林が
会話もせずに家路を急ぐ場面の
ありふれた老夫婦の姿は、
ふたりの名優がすでに亡くなっていることも重なって
わたしを含めた


「いつか必ず訪れる死を知らずに
(死ではない目的地に向かって)
歩く人間の姿」



をなんの説明もなく控え目に、
しかし、あますことなく描いているように感じて
何度も何度も思い出します。


わたしの父母もああやって歩いた。
わたしたち夫婦もああやって歩いたかもしれない。


なんで、こうも、
「人が歩く」ことが
懐かしく、切なく、愛おしいのでしょう。


ほとんどの場合、
歩く行為そのものが目的ではなく、
お互いがそれぞれ何か別のことを考えていること。
あまりにも日常的な行為なので
特別な意味を込めていないこと。


それなのに、
小さかった娘は大きくなり、
もう、手を引く必要はなく、
後追いもしない。
この「歩いてきた道」の
幻のようなはかなさ!


これまで自分が誰かと
「歩いている場面」をすべて
スライドにして見れたら、
号泣するな。間違いない。


「歩く」ということは、、
その人が生きていること、
太陽のもとに出てきていること、
それなりに元気でいることの
証でもありますもんね。尊いよ。



これからも、だれかと歩く時間、
大事にするんだ。(スーともな!)





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