「丁寧」とは、少しずつ世界を自分好みに変える「粘り腰」のことか。


今年は、3つのベランダから大掃除的なものをし、
次に窓を拭き、
徐々に室内に手を伸ばすという
外側から同心円を描きながら
中心を攻める戦法をとってみたのですが、
このままいくと
台所や洗面所といった
難所に行きつくまでに
除夜の鐘が鳴り響きそうなので
まあ、途中でどっかすっ飛ばして
換気扇の掃除なんかやって
終わりになりそうです。


大掃除をすると
いろいろなことを思いますねえ。


たとえば、窓拭き。
重い腰を上げる前は、
「窓のみ」を拭くイメージなんだけど、
いざ、窓を前にしてみると
桟や窓枠やカーテンレールや
その周辺に焦点が合ってきて
あっちを拭き、
こっちを拭き、
掃除箇所が増大・増殖する。


なぜ、人は、
視線をミクロにすればするほど、
問題が増大・増殖し、
マクロな世界に
永遠に届かない気がするのか。


いったん大掃除を始めると
「家」という、
こんなに狭くて小さいものが、
巨大な宇宙のように感じられる。
銀河系にあまたの星があるように、
家のなかにも
あまたの桟、
あまたの引き出し、
さらにその仕切り、
小箱、袋があり…
あ゛あ゛―――――!


「丁寧な暮らし」と聞くと
手作りの衣食住が浮かび、
何かを「創り出す」方向を
イメージしがちですが、


「丁寧」の本質とは、
視線をミクロに向けると
なぜか増殖してしまう諸課題に臆せず、
改善・向上・美化・発展させることによって
その細部の集積であるところの
「世界」を少しずつ少しずつ
自分好みにしていこうとする
「粘り腰」のことなのではないか。


わたしたちは、
細部と格闘しているときこそ、
自分にとっての「世界」を
変えているかもしれない。



大仰だな。


サッシの桟にたまったホコリを
ブラシで掻きだすとき、
わたしは、わたしの世界を
変革しているに違いない。
ほんとかー(笑)


そういうわけで
今日はクリスマスイブですね。
わたしは、犬のスーとふたりで過ごします。
スー!愛しているよー!


時事通信社に取材していただいた記事が、
静岡新聞、陸奥新報、河北新報に
掲載されています。
この後、他の地方紙にも載るかもしれませんので
よかったら、チェックしてみてください。
(静岡新聞は昨日12月23日の夕刊に掲載されています)




顔写真が大きく載っていますな。
ツイートをクリックし、
さらに画像をクリックすると
記事が大きな画面で読めると思います。
ちなみに青いセーターは、
ディノスのものです。


共同通信社に取材いただいた記事も
地方紙の書評欄に掲載されはじめると思います。(楽しみ!)
もし見かけたら、ぜひ、お読みください。

年末年始に、一気読み、いかがでしょう。
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