「新しい人を歓待しつつ、自分のなくしたものを惜しむ」二重構造。


今週の月曜、
ウェブマガジン「どうする?Over40」の記事に
いつか、順番は回ってくる。これから先も。
という文章を書きました。


このブログにも何度か登場している
お隣のYさんご夫妻が二人とも亡くなり、
部屋が売りに出されていたのですが、
新しい買い手が決まり、
引っ越してきたみたい…という内容です。
よかったら、読んでみてください。
わりと気に入っています。


で…。


昨日、回覧板を回して帰ってくると
上の階から、いつもやさしいMさんの
「まあまあ。ご丁寧にありがとうございます」
「いくつ?かわいいねー」
という愛想のいい声と
「よろしくお願いします」という
男性のしっかりとした声が聞こえてきます。


あ。挨拶まわりだ。うちにも来るぞ。


なんだかそわそわして
自分ちの玄関を開けると
雨の日に犬の散歩を終えた直後の惨状が広がっています。


犬を拭いた蒸しタオル、
乾いたタオルにバスタオル、
折り曲がって倒れた泥のついた長靴
びしょ濡れの散歩バッグに
リードにハーネス…。


ちょっと待って、ちょっと待って。
第一印象がこれではまずい。
片付けろ、片付けろ。


自分のボサボサの髪も
なんとかせねば。


お相手にとっても
挨拶まわりの「本丸」は
唯一のお隣さんであるところの
うちであるのは間違いなし。
(あとは足音の響く階下か)


「お隣の人、素敵!」とまではいかずとも
「お隣の人、いい感じでよかったねえ」
とは言われたい。
いや、そうまでいかずとも
長いおつきあいになるんだから、
「お隣の人、ボッサボサやな」は避けたい。


そんな具合にあたふたして
片付けたところ、
ピンポンは鳴らず。
夕飯を食べてすっかり油断したころに
「隣に越してきた〇〇です」と
ご挨拶に来られました。


30代前半から半ばのご夫婦。
2歳のかわいい男の子。
感じがよくて、
今風だった。
奥さん、おしゃれで美人だった。


「小さな子どもがいるので
ご迷惑をかけるかもしれません」
「いえいえ、そんなの、
まーったく気にしないでください!」


大らかさを見せようと
ちょっと大げさに挨拶して恐縮して
ゆっくりと扉を閉め、
いい人たちでよかったと安心しながら、
リビングに戻り、
じゃれつくスーをいなしつつ、
いただいた包みをテーブルに置いたら、
ほんの少し、取り残されたような気がしました。


むむ。どうした、わたし?


あー。たぶん、この場所に
たくさんの「思い出」を抱えたわたしと
たくさんの「未来」を描く彼らの
見つめる先にあるものの違いを
顔を合わせた瞬間、
手に取るようにはっきりと実感したのでしょう。


この人たちが
うちのインターフォンを押しながら
何気なく見ただろう表札にある名前の主が
もう決して姿を現すことがない、ということにも
胸のなかがシンとしました。
こうやって人は瞬く間に
「最初から存在しなかった人」になり、
風景は上書きされていくのだ。


ズシリ。


・・・という感慨や感傷とは別に
2歳の男の子の
元気な声が聞こえるのはいいものです。
お隣が仲が良さそうなのもうれしい。
男の子がランドセルを背負うころ、
スーと心を通わせられたらいいな。


はっ。本の抜粋をすると言っていたのに
長々と書いてしまいました。
本のお気に入りの箇所紹介は、次回に!




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