子どものころ、友だちのうちに遊びに行くと
玄関に出てきたお父さんやお母さんが笑顔ながらも
さっと視線を走らせ
何かを判断しているのを感じることが
ごくたまにですが、ありました。
いま思えば、「値踏み」というやつですかね。
自分の子どもと遊ばせてよいのか。
行儀は悪くないのか。
そういったことを、
すばやく判断していたんでしょう。
親としての防御本能なのかな。
うちの親にも多少はあったと思います。
子どもながらに
この「値踏み」の視線に居心地の悪さと反発を感じていたので
自分が親になってからは、
とくに娘が思春期を迎えたころから、
「値踏みスキャン」は
作動させないようにしてきました。
作動させない、というと
なんだか高度なテクがありそうですけど、
単に
「ちょっとシャイな感じでニコニコしてあいさつして、
歓迎しつつも相手を正視しない」
というだけのことです。
あんまり相手を見ない。
あいさつするために
顔をちょこっと見るだけ。
「作動させているのでは?」と
相手に思ってほしくないための
「視線封じ込め作戦」です。
たとえて言うと、
平野レミ風に元気に迎えに出て
蛭子能収になる感じ?
あなたも初対面で照れているだろうけど、
わたしも初対面で照れているんです。
というお互いの共通点を、
すっ飛ばさないでしっかりと伝えたいと思うのです。
ここまで書いておもったけど
これ、大人もいっしょですね。
わたし、同じことしてるな。
昔から、
「何かの作業に集中しているところを中断して
『おお!』という感じで
イヤな顔をせず、ニコニコと迎えてくれる」
というのが迎え入れ方として
最も好きなパターンでした。
そんな感じで迎え入れて
そのあとは、いつの間にか自分の作業に戻っている、
というのも、とても好きなパターンです。
どんな「迎え入れ方」「迎え入れられ方」が好きかと
考えてみるのは、おもしろいですね。
わたしは、「いてもいいよ」ということを
互いにとって負担なく伝える方法を
ずっと模索している気がします。
「いてもいい」というサインは、
歓待の言葉だけでも、
気づかいだけでも、
大ごちそうだけでも、
伝えられないものですもんね。
「そろそろ帰って」が
すっと言えるのも上級編だけど、
これは、あんまり得意じゃない。
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