二十数年ぶりの突然の再会に思う。声をかける勇気とありがたさ。


先週の土曜日、電車に乗ってドア側に立ったら
声をかけられました。


20数年ぶりに会う、かつての劇団員です。
わたしは、30代半ばまで劇団を主宰していました。
当時、若さゆえの情熱や未熟さで
多くの人を振り回してしまった、
もしかしたら、人生のチャンスを棒に振らせたのではないかという
自覚と罪悪感があるのです。


「恨まれても仕方ないな」と思うし、
「あんなに大きなこと言っていたのに
大成しないばかりか、途中でやめちゃっているじゃないか」と
軽蔑されても仕方ないな、とも思ってきたし、
いまもそう思っています。


かつて劇団員だった女性は
ご主人といっしょに立ち、
懐かしそうに、愛しいものを見るような表情で
わたしを見ていました。
あわてて出した手を握ってくれて
「会いたかったです」と言ってくれたように思います。
(手を握ったところまでは確かなのですが
別の言葉だったかもしれません)


わたしは一駅しか乗らないので
いくつか言葉を交わしたあと、
ちょっと芝居がかっているけど
「ハグしていい?」と聞きました。
深くうなずいてくれたので一瞬抱きあって
背中をトントンする手に
いろんな思いを込めました。
彼女もギュッとチカラを込めてくれました。


ホームのベンチに座って
しばらく泣きました。


静かに見守るご主人のまなざしが
幸せな夫婦関係を伝えてくれるとともに、
二人の間で、ごくまれにわたしのことが話されていたとしても、
それは「恨み」でも「軽蔑」でもなかったのではないかと思われ、
意外さとありがたさにポカンとしてしまいました。


結論はありません。


ただ、偶然にも
当時と同じ髪型に戻していたので
すぐにわたしとわかったのかもしれません。
近場のわりにいつものボサボサな普段着でなく
仕事帰りで比較的、ちゃんとしていたこともよかったな。
思慮深くやさしい彼女は、
ボロボロのわたしには
きっと声をかけなかったと思うのです。


いずれにしろ、どんなことも
彼女が声をかけてくれなかったら、
起こりえなかったことです。


いつでも声をかけられるちゃんとした彼女の人生と
そのやさしさに心の底から敬意と感謝を捧げたいと思います。




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コメント

No title

いい話ですね。じーんときました。
カリーナさん、逆の立場だったら声かけてましたか?
そのような状況で声をかけることができる彼女が素敵ですね。
もう少し若かったら声をかけれたでしょうか?
50才過ぎ、今だからなのかなー、いろいろ考えました。

  • 2016/11/28 (Mon) 19:37
  • perako #-
  • URL

きっと、懐かしさや嬉しさや、自責の念、いろんな気持ちがないまぜになって、涙となってカリーナさんの心を揺らした、素敵な出来事ですね。
私にも、若い頃にしでかして、未だに小骨のように引っかかったままの苦い思い出があります。
こんなふうに出会えたら、許されたという安堵感で、泣かずにはいられないでしょう。
今も想像して、泣けてきました。

  • 2016/11/28 (Mon) 22:36
  • はしーば #-
  • URL
No title

カリーナさん
せんえつですけども
お互いに自由な魂が
その時々でのベストを尽くした選択と行動ですもん

一人に多くを負わせる集団の個々にも、
自分とその人に対する責任がありますよね
その人の人生はその人のものですしね~

葛藤し、決断し、いつも人をおもいやる
そんなカリーナさんが好きです☆
これからも自由に生きてください!
私もそうします、笑

  • 2016/11/30 (Wed) 13:03
  • asa #-
  • URL
久しぶりにあったとき

久しぶりにあったとき、人からどう思われたいですかね?私は、いろいろ希望はありますが(笑)、清楚だと思われたいです。
お金持ちでなくても、成功してなくても、清楚にはなれる。地味との境界は難しいですが。

  • 2016/12/04 (Sun) 08:45
  • まる #-
  • URL
声を掛けるには・・・

声を掛けられる側だけじゃなく、声を掛ける側も「ちゃんと」していなくては出来ないという話に、目から鱗が落ちた気分でした。

  • 2016/12/04 (Sun) 23:29
  • マザー #9bY4kSh2
  • URL
コメント、ありがとうございます!

★perako さん
わあ。どうでしょう。私、声をかけられたかなあ。
自信がありません。
perakoさんがおっしゃるように年齢やタイミングなども
関係があるのかもしれませんねえ。
・・・ということは日常のちょっとした「声かけ」も
いろいろな要素がからみあっているのかも。
そう思うと、いろんなことがデリケートですねー。

★はしーばさん
はしーばさんにもありますか。
「小骨の思い出」(小指の思い出風)。
若いときを思い出すと赤面するようなことばかりです。
なんか、その「赤面するような行動」に
いろんなことがぎゅっと詰まっていて
恥ずかしく、愛しく、申し訳なく、切ない。
それらが、出会いによってバッと一挙に押し寄せました(笑)

★asaさん
うわあ。なんかグッとくるお言葉、ありがとうございます!
「お互いに自由な魂が
その時々でのベストを尽くした選択と行動」…
説得力のある言葉です!
そうなんですよね。私も「それぞれの人の決断なんだから、
罪悪感を持つのも大きなお世話だ」とわかっているんですよねえ。
なのに、グズグズしていました(笑)

★まるさん
わああ。清楚ですか。
地味と清楚の違いは、なんだろう。
明らかに違うんだけど、その違いを明確化するのは難しいですね。
「久しぶりに会う人にどう思われたいか」…
うーん。何も小手先は通じない気がする(笑)
あるがままで、「元気そう」に見えればいいかなあー。

★マザーさん
コメントありがとうございます!
そうなんです。彼女がとても「ちゃんとしていた」ので
「ああ。この人は、いつでもこんなふうに
声をかけられる雰囲気なんだなあ」って思ったんです。
私なんて、気づいても、気づかなかったふりをすることが多いぐらいです(笑)

  • 2016/12/31 (Sat) 23:16
  • カリーナ #-
  • URL

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