わたしたちは自然を御して生きている。「人生フルーツ」も。


1週間以上も間が空いてしまいました。


長年ブログを書いてきて、すっかり習慣になっているようでも
いつも以上に間が空いてしまえば、
ブログの記事を書くことと
自分自身との間に「疎遠」な感じが漂います。
なんか、ちょっと他人行儀になってしまう。


なんなんでしょうね、この感覚。


いま、人口減少に伴い、
空き家問題に関心が集まっています。
人が住まなくなると、
家には草が生え、ツタがからみ、
金属は錆び、木は朽ち、
すき間から動物が入り棲む。


その変化を目の当たりにすると、


家というものは、
人が「自然を御していた」のだ。
「住む」というのは、
ある意味、「力づくの行為なのだ!」と
驚嘆するような思いで見つめてしまいます。



これ、「家」に限ったことでなく、
わたしたちは、常に
さまざまなものを「御して」(制圧して)生きていて
放置する時間が長くなると
何かがモヤモヤと増殖をはじめるんじゃないでしょうか。


こう、わたしとブログを更新するという行為の間にですね、
わたしがコントロールできない生命体が入り込み、増殖し、
その割合が増えて、圧におされる。
その圧を「疎遠」と感じるのではないかと思ったりするのです。


今日、「人生フルーツ」を観てきたのですが、
このおふたりの丁寧で豊かな暮らしからも、
「自然を御する」絶え間ない営みと
圧倒的なエネルギーを感じました。


雑木林のような庭をつくりつづけること、
収穫物を料理すること、
そこに楽しいプレートを飾ること、
手紙を出すこと…。


それは、ひとときたりとも
手を緩められない
「自然を美しく御する」生活です。


あれですね。
面倒くさいという感覚は
ある意味、「御さない」という、
もう、自然に朽ちゆくに任せるという
消極的な意思表明でもあるわけですね。
(だから多くの人は、老いとともに
あらゆることを面倒がるのだなあ)


御そう。みんな。
自分にできるかたちで
御していきていこう。
できれば、美しい方向に。


継続とは、制圧しつづけることなり。
コツコツもまた。





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コメント

No title

コレ私は本当に苦手な人生です~
気付いてからは、だいぶマシになりましたけど・・・。

面倒くさいって、ちょっと気をつけなきゃいけない感覚ですね。
はぶいていい面倒なのか、そうでないのか。

  • 2017/01/23 (Mon) 11:17
  • asa #-
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