「その年齢の経験は、その年齢でしかできない」という人生の法則。



スーパーのATMに並んでいたら、
20代前半にしか見えない若いお母さんが
2歳ぐらいのお兄ちゃんの手を引き、
ベビーカーに赤ちゃんを乗せて
袋から出したお金を何度かに分けて
慎重に入金していました。


袋分けの節約をして
いくつかの口座にお金を貯めているのかな。
堅実で偉いな、と思いました。
若いお母さんには節約上手な人が、多いですね。


そして、そのとき、不意に、


この若いお母さんの経験している子育てと
35歳で出産したわたしの経験した子育てとは
まったく違うんだ!と雷に打たれたように思ったのです。
大げさすぎる表現ですが、ほんとに思ったのですよ。


時代が違うとか、
子育ての方法が違うとか、
そういうことがいいたいのではありません。
精神的な落ち着きがどうの、ということでもない。


彼女が22歳だとしたら、


「22歳で経験する子育ては、22歳でしか経験できない」
「35歳で経験する子育ては、35歳でしか経験できない」


というあたりまえのことに改めて気づいたのです。


わたしたちの「経験」って
すべて「そのとき」と分かちがたく結びついているんですね。
「時」と離れ、「時」に左右されない
だれにも共通する普遍的な経験なんてない。


子育てしかり。
旅行しかり。
勉強しかり。
恋愛しかり。
なんだってそうです。


「いつでもできる」
「いまじゃなくてもいい」と
わたしたちしばしば口にするし、
そうアドバイスもするけれど、
そりゃ確かにいつでもできるかもしれないけど、
でも、「その年齢の経験」は
「その年齢にしかできない」んだ!


ATMから離れて
お兄ちゃんをせかすように歩かせ
ベビーカーを押すおかあさんは、
何を思い、何を喜び、何を悩んで
何に憧れ、何に焦り、何をあきらめているのか。
どんな欲望を抱えているのか。
どんな鼓動、脈拍、新陳代謝なのか。


その若い肉体に宿る混沌とした心情のすべてが、
「22歳にしかできない子育て」だ。

(22歳かどうかわからんけども)


わたしたちは、いつだって
いまの年齢にしかできないことだけを
経験しているのですね。


だからこそ、いつも新しいともいえるし、
いつも少しだけ早すぎたり、
手遅れだったりするんだなあ。





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