親孝行は、使命感による「愛情の演技」でもある。自分もそうだった。


大学を休学して
アイルランドに語学留学した娘は、
最初こそ、LINEで写真を送ってきたり、
電話してきたりしていましたが、
日増しに連絡は「疎」になってきました。


ま。何か、いろいろと
うつつを抜かしているのでしょう。


「うつつを抜かす」(あることに心を奪われる)ことと
「親を思い出す」ことの両立は難しいです。
相性が悪い、ともいえる。


恋愛しかり、
エッチしかり。
それ以外の「夢中になるあらゆる物事」しかり。


「親に連絡する」が一拍入ると、
うつつを抜かせません。
羽目もはずせません。
没入も、没頭もできません。
その経験を全身で引き受けることができません。


若いころの自分がそうだったから、
わたしからも、あまり連絡せず放っています。
わたしも、スー(犬・7か月)の世話で忙しいしね。


とはいえ、ソニー銀行の世界中で使える
キャッシュカードとデビッドカードが一体化した
Sony Bank WALLETの口座にログインして
残高は確かめています。
一種の生存確認ですな。


「巣立つ」とは、
「忘れる」ことであり、
「必要としなくなる」こと。



成人後の親孝行は、
ある程度、意図的に努力して行われる「感謝と愛情の演技」よね。
それをするだけで偉いけれど、
儀礼的な演技であることを
親のほうも気づいているんだなあ。
たぶん。


老いることは、
忘れられることであり、
必要とされなくなるということ。


それを、「寂寥」ととることもできるし、
ようやく手に入れた「自由」ととることもできる。
両方とも否定せず味わいながら、
飄々とやっていけたらいいですなあ。





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コメント

No title

まさに同じ状況です。2人の息子が自宅外通学の大学に行ってしまい・・・こちらから電話しても、出るなり「おやすみ!」ぶちっ(長男)、「ゲーム中!」ぶちっ(次男)とまあそっけない。こちらも電話するときは大した用がない時なので、たった一言でも問題なくやってる感じがあればいいかなと。あとは生協で何食べてるかが、ラインの生協の公式アカウントで確認できるので、こちらでも生存確認。
一方、親のほうは、惚けたり、入院したりと、親が絶対だった3,40年前とはまるで状況が変わってしまい・・・
子に必要とされなくなり、親に感謝しつつ淡々とお世話。
「自由」だな私。
ある意味、今こそ自分の人生に対し、誰のせいにもできす、最も責任ある時期なのかもしれませんね。

  • 2018/06/13 (Wed) 22:47
  • n #-
  • URL
No title

娘さんもうしっかり自立って感じでうらやましいです
遠い異国の地で心配だとは思いますが
いい意味で親離れ子離れできますもんね

その点うちはまだまだ
娘は嫁にいったといっても育休中の現在は週3-4回は会ってますし
毎日のビデオ通話はかかせません

社会人4年目の息子もまだ実家住まい
二人とも自立にはほど遠いですね
息子が一人暮らししたら同じように毎日ビデオ通話しちゃいそうです

  • 2018/06/14 (Thu) 17:12
  • MJ #-
  • URL

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