回復を信じるふりをしなくても 「愛情」や「友情」は成立する。



昨日は、夫の友だちがお見舞いに来てくれました。


転院前の回復リハビリ病院に
わたしと犬のスーを車で連れて行ってくれた友だちです。


ずいぶん、スリムになっていてびっくり。
でも、よかった。
大学卒業以来、体重が右肩上がりの成長を遂げていたので
一念発起してダイエットしてよかった。
夫の発病も一役買っているかもしれないな。
夫が重篤な病に倒れたことは、
同世代の男性陣に大いなる恐怖感を与えたはずなので
みんな本気で健康管理に取り組みはじめたと思います。


ちょうどその友だちが来てくれたときには、
車椅子からベッドに移って
そのまま足を降ろして座っているときでした。


座位をとらせることは
寝たきりの夫にとっては
あらゆる点で非常に大事なので
娘と二人で座らせ、
ひとりが後ろから支えて、
パジャマをパタパタして風を入れ、
(このとき肌の状態もチェック)
もう一人が熱めのお湯で手を洗ったり、
頭皮を拭いたりします。


友だちは、人のよい、気の弱い人なんで
夫になんて言葉をかけていいのかわからない様子です。
そうだよね。わたしだってそうなります。
友だちが夫のように
意識が戻らないままベッドに横たわっていたら
(このときは、座っていたけど)
なんといっていいかわからない。


心のなかでは、
「ああ、お前、終わったな。こんな姿、見るのつらいぞ」と思ったとしても
そのまま、その言葉を口にするわけもいかず、
かといって何を言えばいい!?
困る。悩む。


しばらくして、その友だちは、


「顔がしっかりしてきた。前に比べるとよくなっている」


と言いました。


「本当?よかった」と私は答えました。


友だちが本当の思いを飲みこんで
そう言ったように
わたしも、
回復はしていないよ、
気を遣わせてごめん、
そんなこと言わなくていいんだよ、とは言わないで
うんうん、とうなずきました。


夫は、緩慢な死の待機期間にいます。


わたしたち人間は、
「死の待機期間」にいる人を前にしたとき
とても困る。とても弱い。


だから、回復へ、
明日へ、希望へ、背中を押そうとしてしまいます。


でも、そんな「回復を信じるそぶり」は
「(死の待機期間にいる者への)忌避感の表れ」でもあって、
そこが、なんともまあ、切なく、もろく、情けなくもある。


わたしが夫の友だちなら、
(…と偉そうに書くけど、今だから言えること)
夫には、最近あったことなんかを普通に話しかけて
わたし(つまり奥さん)には、
どんな毎日を送っているのかを聞いて
(「治るよ」なんて言葉で遮らず)
そのあともし時間があれば、
夫の思い出話を楽しく、まるで葬式の後のように懐かしく話して
とびきりおいしくて高級なチョコレートの詰合せ
(小さくていいからおいしいやつ!)を置いてくる!(笑)


回復や奇跡を信じるふりをしなくても
「愛情」も「友情」も成立する。


まあ、そんなことを思っています。



夫の発病から今日までのことを書いた新聞連載「献身と保身のはざまで」、
徳島新聞でも連載が始まりました。

現在、熊本日日・岐阜・山陰中央新報・四国・茨城・秋田魁新報・山陽・埼玉・愛媛・神戸・岩手日報の各新聞で掲載されています。
お住まいの地域のみなさま、よかったらお読みください。


  詳細や経緯はこちらの記事をご覧ください。

似た境遇の人はもちろん、さまざまな責任を負いながら奮闘する同世代の女性に伝わるようにと願いながら書いています。お住まいの地域の方、読んでもらえたらうれしいです。




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コメント

幸せな時間

こんにちは。
いつもカリーナさんの文章に励まされています。


2年前に恋人を癌で失い、最近母を看取りました。
『緩慢なる死の待期期間』の過ごし方にもだいぶ慣れた気がしています。

カリーナさんのおっしゃるように病室で過ごせたら、かなり上級者ですね。
高級なチョコレート!素敵(*^-^*)!

死への待期期間の間にも今この時が存在しているんですよね。
その時を寄り添って、一緒に過ごすことが出来たことは、私に幸せな想いを残してくれました。

どんどん衰えて行く彼を目にしなければならなかったにも関わらず、病院へ行くときは毎日ドキドキときめいてとても幸せでした。
身体をさすってあげたり、足を温かいお湯で洗ってあげたり、そんなことがとても楽しかった。これもまた違う形の身体を使ってのコミュニケーションだなぁと思いました。

母とは一緒に住んでいましたが、母が入院して初めて濃密な時間を一緒に過ごせたように思います。
妹と三人で、病室で毎日毎日いろいろな話をしました。
母が入院しなければ、そんな時間は持てなかった。
最後のとっても大きなプレゼントでした。

カリーナさんも良い時間を過ごせますように。

  • 2019/05/13 (Mon) 10:31
  • ぶんぶん8 #-
  • URL
No title

私も本当になんと言ったらいいか分かりません。
でも何か言いたいと思いました。
文字の世界だと、何か書かないと無反応なのか何なのか表現できないから。

書いては消し書いては消し。。。。

カリーナさんの文を読んで、意思疎通ができない人になんて言ったらいいか分からなくても、看病している家族をねぎらう方法はあるだろうな、と思いました。

そうして、事の重大さに関わらず、本人がもやもや葛藤していることも、客観的に見たら「しょうがないじゃん。できることをやるしか」なんだろうな、と。

  • 2019/05/13 (Mon) 11:59
  • Jane #-
  • URL
コメント、ありがとうございます!

★ぶんぶん8 さん
わああ。そんな別れがあったのですね。
病院に通う日々を幸せだと思えるぶんぶん8 さんがそばにいてくださって
ぶんぶん8 さんの恋人もお母様も本当に幸せだったと思います。
でも、恋人との別れ、おつらかったですね。
私は、「幸せ」と感じるのとは少し違うんです。
元気だったころの彼を何度も何度も思い出しますが
その夫と、目の前に横たわる夫がイコールじゃないという
乖離した感覚があります。
その感覚も含めて日々を大事に過ごしますね。
コメント、本当にありがとうございました!

★Janeさん
そんなふうに受け止めて考えてくださってありがとうございます。
いつもコメントを楽しみに拝読しています。
「伝わっている」という実感が
わたしの励みになっています。
ありがとうございます。

  • 2019/06/03 (Mon) 15:45
  • カリーナ #-
  • URL

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