「個性」は意識しなくなってからが本領発揮。それを「老い」と呼ぶ。


夫の大学時代の友だち、Tさん夫婦がお見舞いに来てくれました。
会うのは、35年ぶりです。


Tさんは、学生時代から
「古民家に住むインド好きのバックパッカー」といった雰囲気の人で
いつも落ち着いていて男性にも女性にもジェントル。
大学時代からつきあっていた奥さんのMさんは、
オーガニック系フェミニズム運動家といった感じの人で
ふたりは、独特の個性を放ちながら、いつも一緒でした。


電話を通して聞くTさんの声は、
相変わらずソフトでやさしく、
「ああ。そのままだなあ」と懐かしかったです。
世の「おじさん」には決して出せない声、
肩の力の抜けた、少し色っぽい語り口です。


病院に着いたと連絡を受け、
1階ロビーに降りると、
椅子に座って待っていたふたりが
わたしを見て立ち上がりました。


「あああ。ありがとうございます!」と駆け寄るわたし。


あの若いカップルが、年をとるとこんな感じになるんだなあと
しみじみ納得するような、
あー、でも、こうなるのかあ、と
ちょっと意外に思うような
よくわからない気持ちになりました。


お互い、満面の笑顔で再会を喜びつつも
「若いね」とも「変ってない」とも口にしなかったのは、
彼らも、そして、間違いなくわたしも
老けて、変わってしまっていたからでしょう。


彼らは、学生時代の雰囲気のまま、
ゆるんで、崩れて、少しふくらんでいました。


別れたあと、
なんとなく寂しくなって
自分自身の老いを見たような気にもなって、
しかし、それだけじゃない、
コツンと当たる異質の何かを受け取った気がしましたが
わからなかったので放っておきました。


数日経ってようやくその「コツン」と受け取った何かがわかったのです。


彼らは、特に奥さんのMさんは、
「老い」を全面受容していた。



Mさんはその日、
ノーメイクにメガネ。
昔から好きだったのだろう絞り染めのTシャツに
草木染めと思われる淡い色合いのガーゼタオルを首に巻き、
すっかり白くなった髪の毛を
老婆に扮したときの樹木希林のように不定形にまとめて
布バッグを斜めがけしていました。


いかようにも「気骨あるアートおばさん」に見せられる衣装を
これ以上はできないくらい無造作に着て
年齢よりずっと「おばあさん」に見えるようにしている。
見えるようにはしていないかもしれないが、
見えることを拒んではいない。


この「老い」に対する
過激なほどに前のめりの姿勢は何なのか。
フェミニズム運動家からエイジング推進家になったのか。
今度会ったら、じっくり聞いてみたいと思いました。


再び、会うことがあるかわからないけれど
強烈な印象を残したTさん夫妻。


手土産にもらった京都の懐かしい洋菓子店のお菓子を食べながら、
「いやあ、老いは人の個性を増幅するなあ」と
改めて思ったのです。


おもしろいね。
個性なんて意識しなくなって
自然に任せてからが本領発揮ですよ。



夫の発病から今日までのことを書いた新聞連載「献身と保身のはざまで」
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コメント

昔の友達

若い頃の友達の、お見舞いのときに、老い全面受容スタイルを選んだそのお友達、好感を持ちました。普段からそういうスタイルなんでしょうけど、その場にもそれを貫いたのは配慮もあるのかなと。
ちょっと違うかもしれないけど、先週高校の同窓会がありました。できるだけ安い服とエコバッグで行きました。服はわざわざユニクロに買いに行きました。
学生の頃の友達に会うとき、地味にする気持ち、上手く表現できないけど、共感します。優しさというと大袈裟だけど、うーん、大事な友達だからです。

  • 2019/06/23 (Sun) 14:04
  • まる #-
  • URL
No title

「ゆるんで、崩れて、少しふくらんで」ってところに個人的にガツンとやられました。笑いとともに。(そこ?)
つまみさんのお義母さまの気持ちにも通じるかもしれませんが、そういう姿見せるのも見るのも勇気がいるなー。私の場合「少し」どころじゃないし。

  • 2019/06/27 (Thu) 23:39
  • Jane #-
  • URL
コメント、ありがとうございます!

★まるさん
まるさんにいただいたコメントで
幸田文の随筆を思い出しました。
友だちが年とともにぐんぐんと人格が練れている、という内容で
それがまさに「特段、いい格好で会いにいかない」というものでした。
装うだけがおしゃれじゃない、
飾るだけが装いじゃない。
深いなあ。ありがとうございます!

★Janeさん
「ゆるんで、崩れて、少しふくらんで」のところ、
自分でも「うまく表現できた!」と気に入っているところなので
反応していただいてうれしいです。
思うんですけど、「今の姿をどう見るか」って
もう相手に委ねられていますよね。
だから、そこはもう何も気にせず(?)
自分がどう見るか、を気にしたいと思いつつあります。
つまり、他人を採点せず、ありのまま受け入れる人になりたい!
という感じですかねーー。

  • 2019/07/12 (Fri) 16:01
  • カリーナ #-
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