「愛する」って日々の手入れだから、面倒で体力がいる。


毎日、好きこのんで
というか、
だれに命令されたわけでもないのに、
朝晩1時間ずつ、律儀に
犬の散歩をしています。
(いまは娘と分担していますが、
昨年の今ごろは一人で2回。
今年も春以降は、一人でやることになるでしょう)


「犬の散歩、面倒くさいわあ」と
つい言ってしまうため、
友だちや家族は、
このいかんともしがたいボヤキを
「うるさい!」と黙らすわけにもいかず、
なんとかプラス方向に転換してあげようと


「健康のためにいいよ」
「癒しになってるでしょ」
「寂しくなくていいよ」


と口々に言ってくれます。


ま、そりゃ、そうですよね。
「んじゃ、もらってあげよか」と
言うわけにもいかないし、
「んじゃ、捨てちゃう?」なんてことは、
口が裂けてもいえません。
言ってあげられることは、
限られているのです。
いつもぼやいて、すみません。


わたしは、どうかというと
面倒だけど、散歩したい。
散歩したいけど、面倒。
犬がいるから楽しい。
かわいくてたまらない。
なんなら一日中一緒にいたい。
でも、そうはいかない。
犬がいるから行動が制限される。
長く留守番させたくない。
犬は幸せなのだろうか。
あー!そうこうしてたら、
もう散歩の時間だよ。
めんどくせー。


というようなことをですね。


日々、繰り返しているのです。


sue1.jpg



この犬こそわが命!的いとしさと
この犬さえいなければ!的うっとうしさの共存。



これらが矛盾なく、
さまざまな変奏曲を奏でながら、
同時に存在しているんですね。


犬だからかな。
いや、違うな。
子どもだってそうだったな。


この子こそわが命!と
この子さえいなければ、は、
ときに混在してたな。
現在進行形で子育てしているお母さんたち、
混在していると思うなあ。


面倒を見たり、
世話をしたり、
対象がなんであれ、
いのちの責任を担うという行為は、
その程度にこそ違いはあっても
「自分の自由と時間を差し出す」ことなんですねえ。
しみじみ。


何が言いたいかというと
わたしは、
「ああ。面倒で、面倒でたまらない。
散歩はもちろんそうだけど
病院嫌いなこの犬、
次のワクチンはどうやって連れて行けばいいのか!
あ゛―――。面倒だ。
この犬さえいなければなあ」
と年がら年中、思うほど
心の底から、
犬を愛しているということなのです。


愛するって日々「手入れすること」だから、面倒くさい。
いろんな意味での「体力」がいる。

(今年は面倒くささについてばかり書いていますね。
よほど何もかもが面倒なんだな 笑)


犬の名前は、スーといいます。
2歳。雑種。18キロ。
大事に、大事にして
いっしょに暮らしております。


SUE2.jpg


フェイスブックツイッターで更新情報をお知らせしています。フォローしたら気軽に話しかけてください♪リアルタイムにツイートしているのでライブ感あります。

ウェブマガジン「どうする?Over40」、ほぼ毎日更新しています。月曜はこちらにも書いています。「出前チチカカ湖~遠くても、寒くても、空気薄くても泳いでやるぅ!の心意気」がスタートしますよー。

★いつも応援してくださってありがとうございます!ハッピースマイル

にほんブログ村 ミセス系
関連記事

スポンサーリンク



コメント

同じです!

いつも うんうん!って頷きながら拝見しています。
私も同じです。
「旅行行きたいな、、、あ、犬どうしよう。無理か」
「仕事帰りにちょっと寄り道しようかな、、、あ、犬にご飯あげなきゃ!」
こんなんばっかりです。

一瞬クソー!と思うけれど、
なんだかんだで嫌じゃない。むしろ好き。
沢山癒されてます。
どちらの気持ちもほんと同時に在るんですよね。
不思議で愛おしい存在。

  • 2020/01/20 (Mon) 12:53
  • aki #mQop/nM.
  • URL
No title

大変ご無沙汰しています

相変わらずワンコ愛があふれている文章
心にしみます!
柴犬飼いたいけどなかなか決断できなくてもう何年たったことか・・・
このままよその柴で満足していくしかないかな~

そーいや
半年前に生まれた二人目の孫は女の子だったんだけど
呼び名は「すーちゃん」なんですよ!

  • 2020/01/23 (Thu) 20:32
  • MJ #-
  • URL

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する