京都の小さなお寺で
お月見のライブを楽しみました。
寺の座敷を開け放ち、
楽団の奏でる音色の合間には
ししおどしや
虫の音が響くコンサート。
前半は、行儀よく座席にすわって
後半は縁側に足を伸ばして
闇に浮かび上がる庭の木々と池の姿を
眺めながら、音楽を聴く・・・
という
芸術の秋にふさわしい。
京都らしい
大人らしい
宵を過ごしたのでございます。
が、
エスニックなファッションとか
ナチュラルなファッションとか
アートなファッションとか
作家物的なファッションとか
草木染め的なファッションとか
布は染めても髪は染めないファッションとか
まあ、常日頃
私の生活圏内では見かけることの少ない
「味のわかって」いることを
ファッションにおいても堂々と主張する
大人の男女が勢ぞろいしていたわけです。
ああ、私。
フツーのおばちゃんになっちゃったな。
と思いましたよ。
このキュンとする胸の痛みは、
異なる世界で生きる人々と出会ったとき独特の
プチ劣等感ですな。
皆さんは、経験ありませんか?
無職のときに出会うキャリアウーマン
なんか仕事に疲れたなあと感じるときに出会う子育て中の母親
鬱々としたときに手にする海外からの手紙
自分が辞めた仕事で成功している元同僚
などなど
異なる世界で生きる人々がもたらす
ちょっとした劣等感。
これって、自分の潜在的な欲望を
チクっと刺激されるからなんですね。
だから、ものすごく痛いわけじゃないけど
ちょっと痛い。チクっと痛い。
しかし
この劣等感。
なんとか、ひがみやそねみに転嫁せず、
ステキな明日への刺激として
活用したいものですな。
日常のマンネリを見直すための
カンフル剤にしましょうぞ。
少しずつ少しずつ秋は深まり、
天高く馬肥ゆる季節へ。
カンフル剤で渇を入れた後は、
滋味豊かな栄養も与えて
心をゆっくりと肥やしましょうか。
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