私が見えてない?という恐怖

見られる快感、というのがありますな。

ほとんどの女性は、それを味わいながら
日々を過ごしたはず。

美しい女性は、そりゃもうたっぷり。
そうでない女性もそれなりに。

若いころは、道を歩いていると
同世代の男性たちが視線を送ってきました。
「どれどれ?どんな顔かな。」
「な?んだ、この程度か」
とあからさまにがっかりした様子が伝わって
傷ついたなあ(シュン)。

見られてうれしかったり
見られたことで傷ついたり、
見られなくて悲しかったり
と悲喜こもごもでした。

いずれにしろ見られることが、
あたりまえな日々。

それがいつごろからか。

見られていないことに気づく。

あれ?街がステージではなくなった?
スポットライトが当たるにせよ、当たらないにせよ、
観客の前に立っていたはずだけど…

だれもいねえじゃん。

おいおい、どこ行った?みたいな。
マンションに20代後半のルックスのいい夫婦がいるんだけど。

言葉はあまり交わしたことはないものの
自治会主催のパーティーで顔を合わせたり、
居酒屋で同席したりと
接点がまったくないわけではない。

にもかかわらず、彼らはちっとも私のことを覚えないの。
私は彼らを知っているのに。

あれ?

どして?

彼らは私にキョーミがない?

そう。私がかつて「近所のおばさん」に無関心だったようにね。

ファッションにも
キャラクターにも
ライフスタイルにも。
まったく無関心だったように。

見られる人から、見えない人へ。

年をとることを恐れるのは、
この「見えない人」になってしまう恐怖を感じるから。

私という個人が見えなくなり、
沈んだ色彩の「おばさん」「おばあちゃん」という背景になりそうだから。

それが、怖い。それが、悔しい。

あなたにはそんな恐怖、ないですか?

私ね、こうなったら
「見られる快楽」にしがみつかずに、
「見る快楽」をいっぱい手にいれてやろうと思うわけ。

とことん主体的に生きてやるんだ。

誰のためにオシャレするか。

私のために、私の自由と尊厳のために。

ってのは、どう?



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コメント

本日二回目コメント投稿でっす!

Carinaさん、本日二回目のこんにちは♫

もう~私がツネヅネ思ってる事ばっかり
書いてくれててほんま、嬉しい!!

そうなんですよん、人の視線、意識から
透明人間になってしまってる という惨めさ
経験あります、私(T_T)

えぇ~うっそ~私よ、私、ここよ!ココ!
隣の若い娘ばっかり見ないで、こっちも喋ってるじゃん、
ねぇってば・・・ってな感じ。


そんな態度、おっさんにされたら、マジ(ーー゛)むかつく。
若い男ならまぁ仕方ないかなと、自分を諌めてるけど・・・


「こうなりゃ、私、Carinaさんとま逆に 男のためのオシャレに
邁進します!」
って鼻息あらくキーボード叩いてたら、
横から娘が、「それってイロモノ、ゲテモノ趣味よね~」


  • 2011/08/25 (Thu) 13:08
  • Catsup #-
  • URL
コメント、ありがとうございます!

★Catsupさん

こんにちは!こんな昔の記事にもコメントいただいてうれしい~(*^_^*)
過去記事にいただいたコメントは、見落としてしまいがちなんですが、
今日ちょうどリンクを張って、発見できてよかったです!

ああ、この前いただいたコメントもそうだったけど
娘さんとのやりとりがおかしすぎる(笑

うんうん。Catsupさん、ぜひ「男のためのオシャレにまい進」してください!!
もう心の底から応援していますよー。

  • 2011/09/14 (Wed) 19:44
  • Carina #-
  • URL

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