高校2年生の娘の友だちが
男女ともに数人でやってきて
リビングで話をしているのを見ていたら、
むむ。会話が何層構造にもなっているぞ。
と思いました。
会話として交わされている内容の下に
「お互いへの好意や期待や牽制」などの層があり、
そのさらに下に「大人になったら的な層」がある。
大人になった後の明確な夢や大志といってものじゃなく、
漠然とした「人生の長い残り時間」への安心感や
「大人になったらこんなふうにしたい」という
楽観的イメージみたいなものですね。
ベタなところでいうなら
「こんな服装がしたい」とか
「子どもにこんな名前がつけたい」とか、
まあ、そんなものです。
このような「現実にかわされている話題」の下にある層が、
彼らの会話に「不必要なまでの爆笑」とか、
「楽しくてたまらなくなっちゃう感じ」とか、
そういった高揚感を与え、
もうなんだったら夜通し遊べちゃうよ的な
燃料補給源にもなっているのです。
そんなことを思っていた水曜日、
恒例の某社プロモーション会議に出席したのですが、
そこで、ハタ!と気づきました。
あ、わたしは、いま、この場において
一番、上の層の「話題として会話されている内容」のみで
存在しているぞ、と。
「そんなの仕事だからあたりまえでしょー!」と
思われるかもしれませんが、
いやいや、そんなことはないのです。
事実、わたしの隣に座る30代女性と
30代男性陣の間で交わされている会話のなかには
ビミョーにその下の層、「異性に対する好意層」が
存在しているのです。
というか、「好意が存在しているかどうかを探り合う層」は、
少なくとも存在している感じ。
上の図にも書いていますが、
下2層は、「ときめき物質」の分泌層といっても
過言ではありません。
年とともに「ときめかない」とよく聞きますが、
この「層理論」でいくと、
「ときめき」が今後、自然に補充されたり、
どこかから湧いて出てきたりってことは
どうも難しい。
「異性に対する好意層」を
あきらめずに確保すべくあらゆる努力をするか
(なかなか大変な道ではあるが)、
それ以外の、「ときめき自己補給源」が必要であり、
それができるか否かが、ヒジョーに重要な気がします。
あ、もうひとつあるのは「ときめき」を重視しない、という道かな。
その道もありそうですね。
うーん。なんだろう。
わかんないけど
情熱や充実のカタチは「ときめき」だけではない、ような気もする。
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